【No.3 (今更だけど)収録終了後】 撮影所は、ただならぬ雰囲気に包まれていた。 その中心にいるのは、当撮影所で撮影中のテレビドラマの主人公役を務めているナルトと、もう一 人の主役と言っていい、登場キャラの中でも主役とファンを二分するほどの人気を集めているサスケ の二人であった。 「ぜってー、ぜってー、ぜってー、イヤだ!!」 「あのな、ナルト、別におまえがやるわけじゃないんだぞ?」 「おんなじ事だってばよ、イルカ先生のバカ!」 ナルトに大声でバカ呼ばわりされて、お人良しが地で行けてしまうイルカが壁に向かって暗く縦線 を背負ってしまうが、今はそれを気にしている場合ではない。 なにせ、撮影がストップしてすでに一時間。 このままでは次の放送に撮影が間に合わないと言う事態になり兼ねないのだから、スタッフたちは イライラを隠せなかった。 だが、その進行を妨害しているのが主役のナルトであるから、彼らも困っているのだ。 なにせ、このドラマの人気はナルトとサスケがあってこそのもの。 その主役をご機嫌を損ねてはドラマが成り立たないのだからしょうがないと、彼らも必死の説得を 試みているのだが、今ひとつ成果がないまま時間だけが過ぎている。 「これ、ナルト、我儘を言うのも大概にせんか。皆が困っているじゃろうが」 そしてついに見かねた大御所、火影が直々に説得に狩り出されることになる。 「我儘じゃないってっばよ!」 きっと睨み付け、そのすぐあとにしゅん、とナルトは項垂れた。 「………我儘かも、しれねーけどさ。嫌なんだってばよ、絶対!」 「ナルト………」 「サスケだって、嫌だろう?!」 「ああ、できれば願い下げだな。おまえ以外のヤツなんて冗談じゃねぇよ」 「そうだよな!」 ぐす、っとその大きな目が潤む。 そんなナルトを、そっとサスケが抱き寄せれば、人前だなどということはさっさと忘れ去られて、 二人だけの世界が生まれていた。 「俺………サスケが、俺以外のヤツとキスして、それを俺が笑ってバカにするなんて嫌なんだってば ー!!」 騒ぎの原因は、今回の脚本にあった。 アカデミーでのサスケとナルトの初競演シーンで、なんとナルトが悪戯で暴れて木の葉劇団員なん てテロップが出される程度のエキストラの背中をどついてしまい、その結果、そのエキストラとサス ケが見事にキスをしてしまう、と言う流れになっていたのだが、これにナルトがキレた。 曰く、サスケが自分以外の誰かとキスするなんて、許せない! なわけである。 「まあ、分からないでもないけどね〜」 「いくらドラマのワンシーンだからって言っても、ねえ」 「わ、私も、嫌、だな」 すっかり休憩モードに入ってしまったサクラ、いの、ヒナタの三人は、撮影場所になっているアカ デミーの教室の一角に陣取って、いまだにやりあっているナルトたちを見ながらお茶を楽しんでいた。 本日のお茶菓子は、木の葉の里名物の赤豆大福。 「それにさあ、なんたってサスケ君って、ブロマイドが売上トップの人気じゃない? ナルトとして もやきもきしちゃうんでしょうね」 「恋する男も複雑なわけか。モテル男が恋人ってのは、こんな時辛いってところ?」 「で、でもサスケ君はナルト君しか見てないよ?」 「甘いな〜ヒナタ。それはそれ、これはこれ、よ」 「恋するとドンドン欲張りになって、ついでに不安になっちゃうもんなんだって」 ニヤリと笑ったその口へ、いのは大福を丸ごと頬張って。 お茶を啜って、サクラはニッコリ笑顔。 「ま、どーでもいいけど、撮影、いつになったら始まるのかしらねえ」 「それはナルト次第でしょ」 「大丈夫かな………?」 などと、お気楽な女の子三人衆がのほほんとしている間も、ナルトVS首脳陣の戦いは続いていた。 「いい加減にしないか、ナルト!」 復活したイルカが、再度説得を試みる。 「や!」 しかし返る返事は、一刀両断。 そして、さっきから物凄い剣幕で怒りまくるナルトの前に自分の意見を挟む間をあまり与えられな いでるサスケ(なにせ、ナルトが一人で捲くし立てるものだから、もとより口数の少ない彼には傍観 するよりなかったのだ)の腕を取って思い切り舌を出した。 「イルカ先生は、恋人がいないからわかんないだってばよ!」 あちゃー、それ言ったらおしまいだよ、おまえ。 などと、一応はこのドラマの作成に関しての首脳陣の一人であるはずのカカシが、こっそりとカメ ラの脇から突っ込みを入れていた。 聞いている者は、一人もいなかったが。 否定のしようもないその事実に、再度イルカは海の底に沈んでしまう。 今度は相当、深いところまで沈んでしまったようだ。 ナルトはナルトで、サスケにしがみ付いたまま折れる気配はまったくない。 いよいよ、事態は深刻になってきた。 と、思われた時。 「さーて、そろそろ時間もなくなってきたし、撮影始めないか〜?」 「カカシ先生」 ひょっこりと現れたその怪しい風貌に、誰もの視線が集まる。 「でも、肝心のナルトがアレじゃあねえ」 と、サクラの突っ込み。 「んー。ナルトはさ、つまるところサスケが自分以外の誰かとキスするのが嫌なんだよね」 「そうだってばよ。カカシ先生だって、嫌だろ!?」 「そうだね〜」 ニコニコと笑いながら、カカシの目がチラリと背後の少女三人組を見やるが、その三人の視線は、 見事にカカシのそれから逸れいた。 それがちょっぴり悲しかったりしたのかもしれないが、そんなものなどおくびにも出さず、カカシ はニッコリと笑みを保ったままポン、とナルトの頭をかきまぜるようにして撫ぜた。 その途端に、カカシの背には剱山の如き視線が襲い掛かる。 それがまたなんとも心地良いと思ってしまえるあたり、カカシも良い性格をしていると言わざるを 得まい。 「ん〜、じゃ、少し台本手直ししましょうか、火影様」 「何か、おぬしに名案でもあるのか?」 「まあ、名案っていいますかね、この状況を打破するには、これしかないかな〜と」 そう言って、カカシは台本をひょいっと手に取ると赤ペンでサラサラと何やら書き込む。 そして、それが済むとくるっとひっくり返して集まっていた面々に見えるようにして笑顔で説明を 加えた。 「要は、キスシーンは入れなくちゃダメ、でそれがサスケでないとダメ、と言う今回の脚本のポイン トを押さえつつ、ナルトの『サスケが自分以外とキスしちゃダメ』と言うご希望を同時に実現するに は、これしかないでしょ?」 示された問題の箇所には、赤ペンででかでかと。 『ナルトが、サスケにガン飛ばしているところへ、エキストラが肘鉄を偶然食らわせて、その弾みで ナルトがよろめいて見事にサスケとチュウ(ここにしっかりハートマークが飛ばしてあったことを皆 見逃さなかった)しちゃう』 と、書かれていた。 「え」 「な」 ナルトとサスケの口から揃って出たのは、そんな声。 「えー!? ウソウソ、マジ!?」 「さっすがカカシ先生、それいいわ!」 「そうだね、二人同士なら、問題ないんだよね」 盛り上がっているのは、少女三人組だ。 「いいわそれ、前の台本よりずっと美味しいわよ! それに決まりね!」 俄然興奮してしまったサクラといの(とヒナタ)に、カカシは満足げに笑みを見せる。 「いかがです? 火影様」 「うむ、どうやらウケも悪くないようじゃのう。流石はイチャパラ愛読者のカカシじゃ」 「はは、何をおっしゃいます。火影様には敵いませんよ」 「ちょ、ちょっと待つってばよ、したら、俺、サスケと皆の前でキスしなくちゃなんないの!?」 勝手に話がまとまってしまいそうになって、慌てたナルトが口をはさんだが、今回はそれ以上の言 葉を発することが出来なかった。 なにせ、サクラ、いの両名(の後ろでさりげなくヒナタも)が、ジロリ、と睨み付けてきたからだ。 「ちょっと、アンタ、まだなんか文句あるわけ?」 ずいっと目線もキツく、いのが迫ればナルトはビビってサスケの後ろへ逃げる。 「そうよナルト。あんたのせいで撮影が一時間も遅れてるのよ? その上で、あんたの我儘を通して ここまで妥協してるんだから、文句言える立場じゃないでしょ?」 反対に、サクラはまるで姉か母かの如く諭すような口調で有無を言わさない。 「ナルト君、気にしなくても大丈夫だよ。皆、サスケ君とナルト君が仲良しなの良く知ってるから」 それが果たしてフォローであったのかどうかが謎な、ヒナタの一言までが加わって。 「で、でも」 「デモもストもないわよ!」 「決定だからね、さ、とっとと撮影開始しましょ、カカシ先生」 「はいはい、じゃ、お待たせ。皆位置について〜」 そして、ナルトの意見もサスケの意見も取り入れられることなく、話は進んで行く。 「サスケェ」 「………ま、しょうがねーだろ。これ以上逆らうと、あいつらがどう出るか、わかんねぇからな」 そのあいつら、の嬉々とした背中を見送りながら、サスケは諦めの溜息をつきつつもナルトの頭を 優しく撫でた。 「それに、おまえとなら人前だろうが何だろうが、キスしたって俺は構わないぜ?」 「………………俺は、なんか恥かしいってばよ」 真っ赤顔で俯いてしまったナルトを、サスケがくすりと笑って抱き寄せようとしたところで、背後 に立ったのはカカシ。 「はい、そこまでね。続きは撮影が終わってからにしてくれるかな〜?」 笑顔の下に隠されたもう一つの顔がちらりと見えて、サスケとナルトは無言のままカカシに従い撮 影現場のそれぞれの位置に戻った。 相変わらずのポーカーフェイスのサスケと、ちょっと緊張気のナルトの様子を見て、少女三人衆が こっそりと『テイク幾つまでいったら、OKが出るか?』なんてトトカルチョをやっていたことを、 彼らが知る由もない。 結局、テイク三十寸前でやっとこさっとこ問題のシーンが撮れて、サクラがガッツポーズをかまし ていたことも、勿論ご存知あるわけもなく。 翌日、サクラが新しい服を手に入れてご機嫌だった理由は、結果的にその資金を提供することにな ったいのとヒナタだけが知っていた。 サクラにそんな思わぬ恩恵を齎した、サスケとナルトのキスシーンがお茶の間に流れたことで木の 葉の里のみならずあちこちの里で様々な思惑やら衝撃やらが走り、とんでもない量の手紙が編集局に 殺到することになるのだが、それはまた、別のお話。 BACK |