【No80 収録終了後】

「やれやれ、やっと今週も終わったね〜」
 首をぐりぐりと回しながら大仰な溜息をついてカカシが言えば、じろりとサクラが睨みつけた。
「先生、最後に動いただけじゃないのよ」
 ついでに、肘鉄のおまけ付きで突っ込みを入れる。
「酷いなあ、先生だって頑張ったでショ」
「少しだけね! 大変だったのは、ヒナタとネジさんでしょ。あ、そうだわヒナタ、大丈夫?!」
 大袈裟に痛がるカカシを捨て置いて、サクラは撮影の中心だった闘技場の中央に戻った。
 その後を追うようにして、ひらりといのも闘技場に降りてくる。
 二人が駆け寄った時、丁度ヒナタは紅の手を借りて起き上がろうとしているところだった。
「あーあ、なんだか随分ボロボロになっちゃったわね。平気なの? ヒナタ」
 撮影用の殺陣ではあっても、そこは忍のこと。
 ある程度の本気はそこに加味されるので、怪我を負うのは仕方がない。
 実際、サクラもいのとの一戦では本当にあちこち傷を負っていた。
「うん、ありがとう、サクラちゃん」
 ニコ、っと笑ってヒナタは埃を払う。
「ちょっと、これ、血糊っていっても早くクリーニングに出さないと染みになるわよ」
「あ、うん、そうだね、いのちゃんも、ありがと」
 心配してくれるサクラといのに、ヒナタは嬉しそうに少し照れた表情で笑みを見せた。
「貸しな、ヒナタ。出しておいてやるよ」
 遠慮がちな性格はやはり変わらない教え子に苦笑しつつ、ヒナタが立つのを手伝った紅が、ポン、
とその肩を叩く。
「え、そんな、じ、自分でやります」
 真っ赤になって首を振るヒナタだったが、紅は気にもしないで上着に手をかけて脱がしにかかった。
「いいから、ほら」
「でも、あの………」
「気にしなくていいから、それより、アレ、どうにかしてくれないかしらね」
「え、あれって………?」
 なんだろう、と振り返ったヒナタの目に映ったものはまさに床に額を擦り付けんばかりにして(い
や、事実完全に擦り付けられていた)、自分に向かい平伏しているネジの姿。
「え、あの、ネジ兄さん?」
「申し訳ありません、ヒナタ様!!」
 いったいどうしたんだろう、と首を傾げるヒナタに、ネジがそれこそ恐縮しきった声で言う。
「え? え?」
「いくら役目であったとは言っても、宗家の後継ぎである貴方にそのような怪我を負わせるなど、許
されることではありません」
「ネ、ネジ兄さん、あの、顔、上げて。だって、これはお芝居なんだし、ほら、私たち忍なんだから、
怪我なんていつものことだし、ネジ兄さんが悪いわけじゃないもの」
「いいえ!」
 一向に顔を上げようともしないネジにオロオロするばかりのヒナタは、助けを求めるようにサクラ
といのを見るが、彼女たちにだってどうすることもできない。
「分家の俺が、宗家嫡子の貴方にこのような狼藉を働くなど、死んでお詫びするよりありません!」
 言うが早いか、ネジの手に握られたものは切れ味の良さそうなクナイ。
「え、キャー!!! やめて、ネジ兄さん!!」
「ば、バカっ、なに考えてんのよアンター!」
「やめなさいったら、落ち着いてよネジ先輩!」
 割腹しそうになったネジに、ヒナタ、いの、サクラの三人が飛び掛って必死に押さえ込む。
「お放しください、ヒナタ様っ」
「ダメ。ダメったらダメ〜〜〜! 先生、助けて!」
「ちょっと、そこでナニ呑気に見物してんのよ、カカシ先生!」
「このバカ、どうにかしてよガイ先生、あんたの部下なんでしょーが!」
 少女三人に取り込まれると言う、考え様によっては美味しい状況にあるネジを、カカシは楽しそう
に眺め、ガイはうんうん、などと頷いている。
「いいね〜、両手に花どころか美少女三人とくんずほづれつか〜、羨ましいぞ、先生は」
「アホか!」
「青春だなあ、おまえたち!」
「黙らんかい、ゲジ眉!!」
「お許しを、ヒナタ様!」
「ダメ、ダメだったらダメ!」
 賑やか、と言うより騒がしいこの一幕を、一段高いところから眺めていた火影が溜息をつくのを見
て、アンコが笑った。
「火影様こそ、羨ましいんじゃありませんか?」
「うむ………いや、ナニを言うかアンコよ」
 かすかに頬に朱を走らせて、火影が視線を逸らす。
「アラアラ、相変わらずお盛んなのね」
 そこにふらりと現れた背の高い影に、アンコと火影が顔を向けた。
「大蛇丸」
 ニヤリと笑いながら、大蛇丸はチラっと視線を眼下に投げる。
 そこには、まだもめているヒナタたちがいた。
「それに、木の葉の里も相変わらず賑やかなのねぇ」
「お陰様でね。それより、何か用?」
「ああ、ちょっとサスケ君に用があるんだけど、彼、何処に居るのかしら?」
「それなら、今はちょっと無理だと思うわよ」
 アンコの言葉に、大蛇丸が首を傾げる。
 くすっとそんな様子に笑って、アンコの手がすいっと動いた。
 その示す先は、撮影用のカメラが置かれたり、片付けに忙しい大道具担当の中忍や下忍たちが忙し
く動き回っている撮影所の裏方。
「あら、なるほど、そう言うこと」
「今あの子、出番がないからね。袖口でいっつも見学なのよ」
「出番がなくても、大事な子の出演シーンは見逃せないってわけ」
「そうなんでしょ。若いっていいわねー」
「アンコ、おぬしだとてまだ若かろうが」
「火影様ったら嬉しい事言って下さるんですね。でも、だからってセクハラはダメですよ」
「ぬ、失礼な」
「あら、じゃあこの手は何かしら?」
 大蛇丸の目が、アンコの尻の近くにある火影の手を見て口の端で笑う。
「ええい、五月蝿いのう。撮影は終わったのだから、わしは帰るぞ」
「お盛んなのは結構だけど、ぽっくり行かないで頂戴ね」
「余計なお世話じゃ!」
 すたすたと去ってゆく火影に、アンコと大蛇丸は揃って笑い出した。
 ひとしきり笑って、じゃあ、と大蛇丸も踵を返す。
「サスケ君は、取り込み中のようだから、今日はこれで帰るは。またね、アンコ」
「話があるなら、撮影以外の時の方がいいわよ。ま、たいてい一人でいることはないだろうけど」
「かまわないわ。アノ子が一緒なら、それはそれでね」
 そして、ひらひらと手を振って、退場。
「何の話があるのかしらねぇ」 
 一人残ったアンコが呟き、そして視線を向けた先には二人の少年がいた。
 それは噂のサスケと、そしてさっきまでカメラの前で元気に暴れていた少年、ナルト。
 いつもの笑顔で何かをサスケに向かってナルトが話しているの様子が、分かる。
「なあなあ、今日の俺、どーだった?!」
「まあまあじゃねぇの? ラストシーンでテイク10までいったのは、いただけねえけどな」
 じゃれ付くように感想を求めてくるナルトに、サスケは笑みを浮かべてその頭を撫でる。
「えー、あれは、俺が悪いんじゃないってばよ、ネジがさあ」
「人のせいにすんなよ、ドベ。ま、確かにネジの野郎もちょっと問題あったけどな」
「そうだろ? だって、あいつの白眼の特殊メイク、こえーんだもん」
 ぷう、と頬を膨らませ、ナルトはちらっと現在も少女三人と格闘しているそのネジを見やる。
「白眼なら、ヒナタだってそうだろ」
「うーん、ヒナタのはそんなに怖くないんだってば」
 確かにナルトの言う通り、ネジの演技は迫真に迫り過ぎているから(まあ、それであてこその役者
なのだが)、それにナルトが過剰反応したとしても不思議はない。
「ま、良く頑張ったな」
「うん!」
 頭を撫でていた手を頬に移して、ご褒美のキスを一つ。
「じゃ、帰るか」
「おう! 俺、腹減った」
「ラーメン、食いに行くか?」
「行く! 行くってばよ!」
 嬉しそうにナルトはサスケの腕にじゃれつき、二人はで仲良く撮影所を出てゆく。
「それにしてもさー、なんで、俺たち忍者なのに、役者みたいな真似しなくちゃなんねーんだってば
よ?」
「その説明なら、最初にあっただろ」
「え、そーだっけ」
「どうせ居眠りでもして聞いてなかったんだろうが」
「う」
 図星に、言葉もない。
 しょがねぇな、とサスケは説明を始めた。
「今は忍も色々と技術の進歩なんかで仕事が減って、金銭的にどこの里も厳しいんだよ」
「それと、このドラマの撮影とどう関係すんだよ」
「いいから、話は黙って最後まで聞け。それで、手っ取り早く金を稼ぐにはどうしたらいいかっての
を各忍の里の長が話し合った結果、全忍の里の協賛でテレビドラマって奴を作ってその収益で一稼ぎ
しようってことになったんだとさ」
「………よくわかんねぇ」
「じゃ、考えんな。ようするに、俺たちの忍の技術を使って手っ取り早い特撮映画みてーなものを作
りたいんだろ」
「あ、それは分かるってばよ! そこいらのスタントマンよか俺たちってばよっぽど身軽で言い動き
出来るもんな!」
「当たり前だろ。忍なんだから」
 嬉しそうに言うナルトに呆れた声で言い返したサスケだったが、その表情はあくまで優しい。
 だからナルトも言い返したりはしなかった。
「取り合えず、俺たちのしてることは里の役に立ってるってことだよな」
「ああ。今は一番貢献してんじゃねぇか?」
「ふーん。ならいいってばよ。それよか、ラーメン、ラーメン!」
「分かったから、引っ張るな!」
 最後まで賑やかしい声を残して、サスケとナルトは撮影所から姿を消し、やっとその傍迷惑にラブ
ラブな空気が解消される。
 それを笑顔で見送っていたカカシが、ちらっと背後にやれば。
「やめて、ネ〜ジ〜兄さ〜〜ん!」
「あーもー、ウザったい男ね!! 死にたけりゃどっか行って死んでよね!」
「サクラさん、それは………」
「サクラの言う通りよ! んも〜!」
 いつの間にかリーまでが加わって、現在進行形でネジの謝罪割腹騒ぎは継続中だ。
 さらにカカシの顔には意味深な笑顔が広がり、うーんと伸びを一つ。
「さーて、来週は休みだし、イチャパラの新刊でも読んでゆっくり過ごそうかね〜」
 台本は、直前にしか読まない主義のカカシ先生は、そのままのんびりご退場。
 その後。
 撮影会場から灯りが落ちたのは、真夜中近くだったとか明け方近くだったとか。
 とりあえず、日向ネジの割腹だけは避けられたらしい。
 焦燥し切ったヒナタ、サクラ、いの、そしてリーの四人がよろよろと家路に付く背中を、暖かく見
守るガイの姿がそこにあるのだった。




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