【No.81 収録終了後】 「ふー。やっぱり一週間休みが入るとカンが鈍るわね」 「鈍った事分かるほどの登場シーンなんてあったの?」 「おまたせ、いのちゃん、サクラちゃん………どうかしたの?」 本日もまた血糊だらけになってしまった服を着替えて戻ってきたヒナタは、なにやら険悪な雰囲気 の二人に首を傾げる。 「ああ、なんでもないわ。今日も大変だったね、ヒナタ」 「お疲れさん。服、ちゃんとクリーニングに出した?」 「うん」 頷いて、ヒナタはにこっと笑った。 このドラマ、出演料は出るのだが、服やら小道具の多くは自前が基本なのだ。 その辺りにも経費節減の余波が来ていて、服を汚してしまったりした場合のクリーニング代は出る にしても、これがけっこう辛い。 「ったく、セコイんだから」 「ま、しょうがないわよ。もともとが貧しい金銭状況をどうにかするのが目的のドラマ作成なんだか ら」 そう言ってしまうと身も蓋もないのだが、事実であるからしょうがない。 「でも、今日はネジさんが取り乱さなくて良かったわね」 とりあえず、話題を変えようとサクラがヒナタに話を振った。 「前回は凄かったからねぇ。死んでお詫びだなんて、時代劇じゃああるまいし切腹なんて洒落になら ないわよ」 「うん。迷惑かけちゃってごめんね」 「いいのよ、ヒナタが悪いわけじゃないもの」 「そうよ。で? そのネジ兄さんは何処にいるの? もう帰ったとか?」 「あの………あそこ」 指で示された方向を見れば、ネジの姿があった。 壁に向かい、暗く正座しているその背中が。 「申し訳ございません、またしても恐れ多くも宗家の御嫡子に対し無礼際りない行いをしてしまいま した。お役目とは言え、度重なるこの狼藉、もはや自分はご先祖様に顔向けできません。この上は、 この命に代えてもヒナタ様をお守りし………」 近付いてみたならば、そんな呪詛の如きネジの呟きが聞かれただろう。 幸い、そのあまりに暗い雰囲気に近寄るものなどおらず、幸いにして誰の耳にも止まらなかったが。 「うわー、今日もアイツなんか暗いわねえ」 その同じ背中を見ながら、そう言ったのは砂忍のテマリだった。 「前の時も、なんか知らないけど撮影が終わった後にバタバタ騒ぎ起こしてたっけ。疲れるヤツ」 「テ、テマリ」 「なによ、カンクロウ」 震えた声で話し掛けてきた弟に、テマリは何て声出してんだよ、と言わんばかりの目で睨む。 「俺、なんか、ものすごく、冷たい視線感じるじゃん」 「はあ? なに言ってんの」 「本当だって、マジでヤバイ感じなんだって」 「視線、ねえ?」 カンクロウの余りに青ざめた顔に流石にテマリも不審に思ったのか、その視線を感じるらしい背後 へと目を向け、そして即座に逸らした。 「テマリ?」 「振り返るなよ、カンクロウ」 ぼそっと、押さえた声は緊張に震えている。 「な、なんで」 「いーから! 死にたくなかったら、振り返るなよ!」 テマリが見たもの。 それは、その眼光だけで見るものを石化させたと言う神話の化け物もかくや、と言う目つきで睨み をきかせている、うちはサスケ。 冷や汗だらだらもののテマリに、カンクロウまでがますます青くなる。 「なんか、顔色悪いじゃん」 「アレ見たら、誰だって悪くなるよ」 「だからどうし………」 「見るな、バカ!!」 素早い一撃が、カンクロウのドタマに落ちた。 「やっほー、テマリちゃーん………って、どうかしたの?」 容赦ない一撃に沈没するカンクロウを見て、丁度近付いて来ていたサクラ、いの、ヒナタの三人の 目が丸くなる。 「なんでもない。ちょっと、このバカがあれを見ようとしてね」 「あれ?」 「見ない方がいいぞ。おまえたちの里の、あいつだ、あいつ」 「ああ、サスケ君かぁ」 「に、睨んでるね………」 「うーん、仕方ないんじゃない? だって、ほら、ねえ」 「今日は、あれだったもんね」 「あれ?」 やたらと納得しているらしいサクラたちに、テマリが首を捻った。 「だってさ、カンクロウさん、ナルトとツーショットしてたでしょ」 「ツーショットって………まさかとは思うが、あれが原因なのか!?」 「それって、俺のせいじゃないじゃん!?」 復活したらしいカンクロウが、悲鳴に近い声を上げながら立ち上がる。 「そう、あれ」 「言っておくけど、うちのサスケ君、すーっごい嫉妬深くて、執念深いから」 「あの………夜道には気をつけた方がいいよ?」 最後のヒナタの台詞に、カンクロウは凍り付く。 ただ自分は与えられた役目を果たしただけなのに、なんだってこんな恐ろしい目に合わなくてはな らないと言うのだろうか。 はっきり言って、怖い。 うちはサスケ、怒らせたら手におえないとは聞いていたが、しかしそれが我が身にふりかかろうと は!! 「ツーッショットなら、俺よりロック・リーのほうじゃん!?」 その訴えは、あっさり却下。 「リ−さんは大丈夫なの。なんたってサスケ君とは体術の方面でけっこう仲良いし、ナルトとのこと プッシュしてあげてるから、むしろ好かれてるのよね」 道理で、あれだけ接近しての撮影だったのに、一切その眼光の被害にあっていないわけである。 「あーあ、カンクロウ、今日はさっさと宿に戻りな。で、おとなしくしておけよ、暫くは」 「わ、わかった」 よろ、っと哀愁の漂う背中に傀儡人形を背負い、カンクロウは撮影所を出て行った。 サスケがそのあとを追わなかったのは、ひとえにそこにまだナルトがいて、来週の撮影の打ち合わ せが終わるのを待っていたからなのだが、取り合えずカンクロウの命は助かったらしい。 「ねえ、テマリちゃん、私たちこれから最近出来たばっかりのティーハウスに行くんだけど、時間あ るなら、一緒にお茶しに行かない?」 「え、いいのか?」 誘いの言葉に、カンクロウを見送っていたテマリの顔が一瞬にして嬉しそうになる。 「うん、だってほら、せっかく同じドラマの撮影してるんだし、砂の里のこととか聞きたいし!」 「女同志交流深めてもいいんじゃない?」 「あの、時間、あったら、でいいんだけど………どうかな?」 「もちろん、行くぞ!」 忍の世界はやはり男社会。 絶対数が男の方に傾いているので必然的にあまり女の子同士でのお喋りなんてのは、なかなかない ………のが普通なのだが、木の葉の里は、その辺りがどうも他とは違うらしい。 てなわけで、男言葉も板についたようなテマリではあるが、やはり同年代の女の子とのお喋りは嬉 しいのだろう。 「そう言えば、カンクロウさんは帰ったけど、我愛羅君も帰ったの?」 「ああ、我愛羅なら、あそこで必死になってるよ」 振り向けば。 「うわ、リーさんと話してる」 「………なんで赤くなってんの?」 「リーさん、人気者なんだよ? いのちゃん」 「ええええ?!」 「いや、それは本当だよ」 ついさっきまで、そりゃあもう偉そうにふんぞり返って対面していたロック・リーに、我愛羅はな にやら物凄く腰の低い態度で会話している………というか……… 「………もしかして、あれ、サイン貰ってる、ってやつ?」 「ロック・リーは、砂の里じゃ、ちょっとした人気なんだ。あの体術が特撮じゃなくて本物だって言 うんで、子供何かにもな」 「へえええ。じゃ、もしかしてガイ先生も?」 「ああ、人気あるぞ」 信じらんない………というのが、サクラたちの正直なご意見だったが、この際それを口にするのは 控えておこう、と思う。 人の好みは様々なれど、よもやあの熱い二人が……… 「テマリさんは? やっぱりリーさん?」 「いや、悪くはないとは思うが………顔の好みとしてはうちはサスケの方がいい」 顔の、という限定がつくということは。 「ただし、あのうずまきナルト馬鹿な性格だけは、いただけん!」 でしょうねえ、と思わず頷いてしまう少女四人に、突っ込める人は誰もいるまい。 少なくとも、このドラマに関わっている者たちならば。 「ちょっと、カカシ」 「なんだ、紅にアスマ。そろいも揃って俺になんの御用?」 本日も終わりましたーってなわけで帰ろうとしたカカシを呼び止めたのは、今回割と出番のあった 紅にアスマの両名。 なにやら、顔がマジだ。 「あんたに、是非頼みたいことがあるのよ」 「あらら、どしたの紅ちゃん。眉間にシワが寄ってるよ〜?」 「だまらっしゃい!!」 手刀、一閃。 カカシのくわえていた煙草が一瞬で消える。 「こ、怖いよ? 紅センセ?」 「真面目に聞きな、カカシ」 「そうだぜ、こいつはマジで忌々しき問題なんだぞ、カカシ」 「………あのさ、話聞く前に、一つ言っておくけど」 なに? と二人の目が言う。 「サスケのことなら、俺にもどーにもできないよ? あいつ、なんたってうちは一族だからね、自分 に出番があろうとなかろうと、何がなんでもナルトの姿を拝みに来るよ? じゃ!」 「あ、こら、待て、カカシ!」 待てと言われて待つ者は、世の中そんなにいないだろう。 あっという間にドロンと消失。影も形もありません。 「………ったく、逃げたわね………」 「けどよ、あいつをどうこうするのは、多分、火影様でも無理なんじゃねぇか?」 「そりゃそうかもしれないけどね、撮影中ナルトに近付くものには誰彼構わずガン飛ばして、やりに くいったらないのよ! もー!! 誰かなんとかしてよ、あの、血統書付きのお馬鹿!!!」 紅の、心の叫びが空しく響く撮影所。 何はともあれ、今週も無事、撮影完了………かもしれない。 01.06.18 BACK |