【No.82 収録終了前】




「俺、今週あんまり出番ねー」
「なに言ってんだ、俺なんて出番さえねぇんだぞ。贅沢言うな」
「そうだけどさ、俺ってば主役なのに全然いい所ねぇじゃん、最近」
「大丈夫だって。おまえは画面に出るだけで十分注目集めるんだからさ」
「そっかな」
「ああ」
 撮影所の一角、まだ撮影開始までいくらか時間のある中で、サスケとナルトは毎度恒例のスキンシッ
プの最中だった。
 こと、サスケの出番のない近頃はそのスキンシップの度合いも増して、傍から見たら場所を弁えぬ不
謹慎この上ない、イエローカードどころかレッドカードぎりぎりの代物になっている。
 もっとも、その二人の間に本当に割って入って待ったをかけられるだけの勇気ある人物など、木の葉
の何処を探してもいるわけもなかったけれども。
「台本は?」
「これ」
 パイプ椅子に座ったサスケのその膝の上に座っているナルトが、ジュース(勿論サスケの差し入れだ)
片手にはい、と渡した。
 それを受け取って、パラパラとめくる。
「ええと、ああ、ここか。割と最初の方だな…………」 
 しばし読んで、そして見る間に眉間に皺が寄った。
「な、あんまり台詞も出番もないだろ?」
「………あの、歌舞伎野郎と、またツーショットなのか」
「歌舞伎野郎? ああ。カンクロウのこと? あいつ、けっこう面白いぜ」
 このナルトの言葉にまったくもって他意はなかったのだけれども、サスケご機嫌を引っ掻いたのは間
違いなく、そしてカンクロウにとっては寿命を縮める危険のあるありがたくも無いものだったろう。
「この間、ちょっと撮影の合間に話してさ、変な喋り方だけど話してて面白かったんだ」
「ふうん」
 何の気もない返事だったが、その目にちらりと覗いた物騒な光。
 運悪くそれに気付いてしまった者達は、こっそりと視線を外していた。
「呆れるくらい仲がいいんだな、あの二人は」
「良すぎて困るくらいよ」
 少し遠くにいたので、幸いとサスケの剣呑な目つきに気がつかずに済んだサクラとテマリは、一見す
る分にはイチャパラ現在進行系なサスケとナルトの姿をちらりと見て、溜息をつく。
「確かにな。あ、おい、我愛羅、どうしたんだ?」
 自分達の近くに腰を下ろして台本に目を通していた弟が立ち上がったことに気がついて、テマリが顔
を向けた。
「いや、トイレに」
「ってまたか? さっきも行ってたろう」
「おなかの具合でも良くないんですか? 我愛羅さん」
 心配そうにサクラが問えば、我愛羅はいや、とだけ応えてひょうたんを背負ったままスタスタを歩い
ていってしまう。
「大丈夫かしら、今日は出番も多いのに」
「出番? そうか、それでか」
 はた、となにをか気がついたらしいテマリに、サクラが何? と目線で問えばずいっと開かれた台本
が向けられた。
「今日は、先週に引き続いて、ロック・リーとの戦闘シーンの撮影だろう?」
「ああ、そうだった。リーさんの本領発揮って感じの迫力あるシーンが多いのよね」
「それだよ、原因は」
「原因?」
 頷いて、テマリは肩を竦めて見せる。
「憧れのロック・リーとの戦闘シーンだって言うんで、我愛羅のヤツ、舞い上がってんだよ」
「え、じゃあ、もしかして緊張のあまりトイレが近い、とか?」
 その通り、と頷かれて、サクラは吃驚した顔を隠そうともせずに先ほど去っていった我愛羅の背中を
振り返った。
 もちろん、そこにはいるはずもないのだが。
 あの無表情な我愛羅さんが、緊張、かあ………とサクラは呆れいてるのか感心しているのか。
(まあ、確かにカッコイイけどね、うん)
 いつだったか、音忍との戦いの話の時に間近に見たリーの体術は、マジもので感動したサクラだった
ので、我愛羅の気持ちも分からないではないのだが、なにせ我愛羅のイメージとの合致が難しいのだ。
 ゆえに、不思議に思う気持ちが勝る。
「そういえば、カンクロウさんは?」
「ん? さっきまでその辺でウロウロしていたはずだぞ」
 二人してきょろきょろと見回すが、あの目立つ黒い姿が見当たらない。
「今日も出番、あるんだよね」
「ああ、ナルトとの会話がちょっとあったはず………って、おまえ、なんでそんな所に隠れてるんだ?」
 気がつけば、カンクロウはセットとセットの間に潜むようにして、縮こまっていた。
「俺、今週もやばいじゃん」
「やばい?」
「あいつ、絶対今日の台本見て俺のこと、怒ってるじゃん」
 ぶるぶるとせまっ苦しい場所で震える姿はまるでハムスターのようでした、とサクラは思わずコメン
トしそうになって慌ててその考えを引っ込める。
 なにせ、本人は本気なのだ。
 そしてその怯えがけして過剰なものではないと、身に染みて知っているだけに同情さえしてしまう。
「ほんの二言、三言交わすだけだろう? それくらいでまさか」
「甘い、甘いはテマリちゃん」
「サクラ?」
 ぽむ、とサクラはテマリの肩に手を置いて首を左右に緩く振ってみせた。
「サスケ君の独占欲を舐めたらダメよ? 一瞬後には御臨終、なんてことになってても不思議じゃない
んだから」
「お、脅かすなよ」
「脅かしてんじゃなくて、事実を言ってるだけよ」
 ニッコリ笑うサクラの顔が、その真実の程をいやでもテマリに教えた。
 自分が出演している回ならまだもう少しはましだったかもしれないのに、カンクロウの不運はこの台
本にあると言えよう。
 ただでさえ、撮影が一旦始まると外部者扱いとなってナルトからは離れて見守ることしか出来ないこ
とに、サスケの苛々は日々は募るばかりなのだ。
 この状況下で例え撮影の為のとは言えナルトの近くに不審人物がウロウロするのはサスケにしてみれ
ば許しがたいものでしかないのだ。
 うちは一族末裔の御曹司は、やる時はやる………否、殺る。
 これはもう、撮影が始まって出番が来るまでこうして身を隠しているしかない、カンクロウがそう思
った所で、運命の女神様は微笑んだ。
 それはもう、にっこりと。
「カンクロウー!」
 たたたた、と駆けて来るのは、問題の原点。
 ぎょっとする間もなく、金色の頭はニコニコ笑顔で現れた。
「今日も同じシーンに出るんだよな」
「お、おう」
「お互い出番すくねーけど、頑張ろうな」
「あ、お。おお」
 引き攣る笑顔は、必死で視線を逸らす。
 ナルトのその後ろから現れた人物から。
「そうだ、紹介しとくな。こいつ、サスケ。ま、俺のほどじゃねーけどけっこう有名だから知ってると
は思うけどさ、俺のコイビトって奴だから、仲良くしてやってくれよ」
 けれどそのカンクロウの努力も、ナルトの前にあっさりと無駄に終わってしまった。
「サスケ、こいつがカンクロウ。砂の忍でさ、傀儡使う、おもしれーヤツなんだ」
 ナルトの紹介を受けて、サスケがすいっと前に出るとその右手を出して見せる。
 微笑みを浮かべて。
「うちはサスケだ。よろしくな」
「よ、よろしくじゃん」
 カチンコチンで交わす握手、そして笑顔。
 うちはサスケがナルト以外の相手にそんなものを振舞って見せるなんて、南国に雪が降るくらい珍し
いことだった。
 この笑顔一つで、もしかしたらこいつは人が殺せるのではなかろうか。
 ふとそんなことを思わずにはいられない、なんとも不気味なご挨拶シーン。
 その険悪さに気が付いていないのは………
(ナルトだけよね。まったく。そもそもの原因がこれじゃあねえ)
 サクラの内なる声は、溜息混じりだ。
「撮影始めるよ〜」
「あ、いけね、しょっぱな出番だってばよ! 行こうぜカンクロウ!」
 そこで、俺の名前を出さないでくれたのなら、こんなにありがたいことはなかっただろうに。
「頑張れよ、カンクロウ?」
 頬笑みを相変わらず浮かべたままのサスケの見送りの言葉に、カンクロウは何故か人生の終末を見た
ような気持ちになり、よろめくようにして去って行った。
 ああ、可哀想に、カンクロウさん。ご愁傷様。
 去りゆく背中に、サクラ、一言。
「さて、私たちも行かなきゃ、テマリちゃん」
「ああ」
 不気味オーラを飛ばしまくるサスケを気にしつつ、テマリはサクラに応えてカンクロウの後を追う。
 それをサクラも追う、寸前にちらりとサスケを見た。
「サスケ君、気持ちも分かるけど、ほどほどにね?」
「なんのことだ? サクラ」
「それから、その笑顔、怖いからやめて貰えると嬉しいわ」
 サスケの言葉をさらりと交わし、サクラはたたた、と駆け出してゆく。
 その向かった先にはすでにシーン1を撮る為の出演者は顔を揃えて………いなかった。
「我愛羅は何処だ? あいつがいないと今週は話にならんだろーが!」
 砂の里の上忍が怒鳴っている。
 今ごろはまだおトイレかしら? ちらりと思ったサクラの考えが正しかったかどうかは定かでないが、
この日、ただ会話をするだけのナルトとカンクロウのシーンだけでテイク20を超えた理由が、カメラ
の後ろでガン飛ばしていた誰かさんのせいであることは間違いない。
 その一件から、ADの中忍一部から、あろうことかうちはサスケの撮影所出入り禁止を求める声が上
がったと言うが、その中忍たちが翌日の撮影に姿を見せずサスケがしっかり居たことに、誰しもが深々
と溜息をついた。
 うちはサスケ、目的の為には一切の手段を省みない男。
 その称号は日々色濃くなるばかりだった。



【おまけ】
今週のWJ俳句
『情報を 仕入れるつもりで 漏らす馬鹿』(字余り)

いや、だって、あまりにもカンクロウ君が(笑)



          
                                        01.06.25



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