【No.83 収録開始前】



「よう、相変わらずの人気だな」
「すげー、それ全部差し入れ?」
 サスケとナルトの声に、撮影所に入ってくるまでにファンの女の子たちから貰ったらしい差し入れの
整理をしていたロック・リーが、爽やかな笑顔で振り返った。
「やあ、サスケ君、ナルト君、今日の撮影も頑張りましょう!」
「おう!」
 右腕を突き上げて元気よく返事をしたナルトだったが、その目はじいっとリーの手元を見ている。
 それに気がついて、リーがすいっと差し入れの一つを持ち上げた。
「良かったら一緒に何か食べますか?」
「え? マジマジ? いいの?」
「構いませんよ。ちゃんと頂いた方たちの名前は控えてありますし、それに一人でこの量さ流石にちょ
っときついですからね」
「わーい、じゃ、これがいいってばよ」
 歓喜の声を上げてナルトが選んだのは、甘いチョコたっぷりのケーキだ。
 ナルトらしい選択だな、とサスケの顔がそのチョコも顔負けの甘い表情になる。
「どうそ。ええとそれは、ああ、あの子からの差し入れですね。あ、そうだ、ナルト君、一切れで構わ
ないんで残しておいて貰えますか。お礼状に感想を書きたいんですよ」
「わかった!」
 と、言っている口はもうケーキを頬張っていた。
「いつもすまないな、リー」
「いえ、美味しく食べてくれる人に食べてもらった方が下さった方も嬉しいでしょう」
 サスケがナルトに餌付け………もとい、食べ物と貢ぐことを許す相手はそうそういない。
 なにしろ、うちはサスケの心は爪の先より狭くていらっしゃるのだ。
 その意味で、リーはサスケの中で特別な位置付けにあると言えた。
「あんたも、まめだな。ちゃんと礼状なんて出してるのか」
 感心したような呆れたような声をかけるサスケに、リーは勿論ですよ、とノート(どうやら差し入れ
をしてくれた相手の名前などを書き記してあるらしい)を閉じた。
「せっかく頂いたんですから、お礼を言わなくては申し訳ありません。礼儀に反します」
 らしいなあ、とサスケは思ったが口にはしなかった。
 この生真面目な性格は、ある点においてはまったく正反対のものであるが、ある点ではサスケと共通
するものがあり、一概に呆れると言うことはなかったのだ。
 ところで、この差し入れの多さランキングは、少々面白いことになっている。
 このドラマの撮影において一番の人気を誇っているのは誰かと言えば、何と言ってもやはり主人公の
ナルトと副主人公のサスケがその両翼を成しているのだが(ナルトは老若男女問わずで、サスケは幅広
く女性陣からの人気を勝ち得ている)、では差し入れの多さでは誰がトップにいるかと言うと、実はカ
カシだったりするのだ。
 まあ、これはそれなりに納得のゆく所かもしれない。
 次いで、リーもかなりの量で上位に食い込んでいるし、ネジあたりもそれなりにある。
「あーあ、いいよなあ。リーとかカカシ先生とか、すっげー貰ってるのにさ、俺ゼンゼン貰った事ねー
んだもん」
 ところが、肝心の人気トップにあるナルトとサスケの名前は、ランキングの下の下までいっても出て
来ないのだ。
「いいじゃねぇか、俺だって貰ってねぇよ。それに、ちゃんと昼の弁当やオヤツは俺が用意してやって
んだし。あれじゃ不満か? 味、口に合わねぇか?」
 最後の方で、いささか心配そうな顔を見せたサスケに、ナルトはぶんぶん、と思い切り首を横に振っ
た。
「んなことねーってばよ! サスケの作る飯ってばすげー美味いから俺大好きだもん」
「そうか」
「うん。心配いらねーってばよ」
 ニコニコほのぼのしている二人を見つつ、リーは片付け終わった差し入れの中から丁度手ごろだった
クッキーの包み(当然ながらお手製だ)を出して撮影が始まるまでまだ時間もあるし、と食べ始める。
(ナルト君………君に差し入れがないのは、君のせいじゃありませんよ)
 目の前で夫婦漫才をしている二人を眺めつつ、リーはそっと溜息をつく。
(迂闊にそんなことをすれば、サスケ君にどんな報復を受けるか分からないから、誰も何もできないん
ですよ)
 それを知っている者たちは、サスケの影の暗躍を思うたびに溜息をこぼしていた、と言う事実をナル
トが知らないのは実に幸いだったろう。
 その鈍感さも、こんな時には役に立つ、というのがサクラの言い分だが、強ち間違いではない。
 以前、果敢にもナルトに差し入れをしようとした輩がいて、結局はそれを渡すどころか二度とそんな
事をしようなどとは思わないほどの報復を受けた、と言う話は今もこの撮影所の逸話(あるいは教訓)
として伝わっている。
(まあ、ナルト君を大事に思うサスケ君の気持ちも分かりますけれどね)
「あ、あれ? おまえ、我愛羅だっけ、どうかしたのか?」
 何切れ目かのケーキを頬張ったところで、ふいっと気配も感じさせずに現れた我愛羅にナルトが驚い
たように顔を上げた。
 なにせ、この我愛羅、滅多に撮影所でその口を開いたことがないのだ。
 その上気配もなく動くものだから、突然現れると心臓に悪い。
 しかしリーはそんなこと気にもせず、笑顔を向けた。
「我愛羅君、今日も君との戦いのシーンがメインですね。お互い、頑張りましょう」
 リーが立ち上がってそう言い右手を出すと、コクリ、と頷いてみせた我愛羅も手を出して握手を交わ
す。
(こいつらの立ち合いは殺陣らしい殺陣も使わないアドリブ中心のマジもんだからな。けっこう見てて
面白いのはいいんだが………にしてもこいつ、本当にリーのことが憧れなんだな)
 用意しておいたクーラーボックスから良く冷えたお茶を取り出して紙コップに注ぐとナルトにまず渡
し、そして自分の分、(珍しくも)ついでにリーと我愛羅の分も入れた。
「ありがとうございます」
「・・・・・」
 無言で、一礼して受け取る我愛羅に、ナルトが笑った。
「おまえさ、すっげー無口だよな。カンクロウとかテマリってばすげーよく喋るのに」
 カンクロウ、と言った所でサスケの肩がピクリと動いたことに、勿論ナルトはまったく気付かない。
「・・・・」
「おまえってば、顔に似合わず恥ずかしがりなんだろ?」
「こらナルト! 人をそんな風に冷やかしちゃダメでしょ! だいたい、我愛羅さんはあんたより年上
なんだから!」
 脳天から、突然拳が降ってくる。
「サクラちゃん、痛いってばよ」
「愛のムチよ、愛のムチ」
 無言で困った顔をする我愛羅に助け舟を出したのは、なんとサクラであった。
 この撮影所において、ナルトを平然と叱咤し、からかい、そしてじゃれあうことが可能な唯一の存在
である彼女であるから、当然サスケの妨害など入らない。
 サスケにしてみれば、自分達の仲を最大限にプッシュしてくれるサクラはむしろありがたい存在でも
あるのだ。
「あ、美味しそうな物食べてる。またリーさんにたかったんでしょ」
「違うってばよ、くれるっていったんだよ、な、リー」
「ええ、そうですよ。よかったらサクラさんもどうですか? このクッキーも美味しいですよ」
「あー、うん。ありがと。でもダイエットしてるから、いいわ」
 ダイエットの必要があるとは思えないスタイルの良さを保っているサクラなのだが、世の女性と言う
のはその点に関しては外部の意見をあまり聞き入れないのが通例と言うもので、リーも敢えてその点に
ついての言及は避けた。
「そうですか。あ、我愛羅君ももしよかったら食べて下さい。今日はかなり激しい殺陣になりますから、
何か軽く食べておいた方が力が出ると思いますよ」
「・・・・・」
「どうしたんです? 今日の撮影のことで何か?」
「・・・・・」
「何を言うのかと思えば、そんなこと気にしちゃダメですよ。これはあくまでドラマなんですから。本
当の勝負では、僕もそう簡単にはやられたりしません。いつかちゃんとした勝負をしましょう!」
「・・・・・」
 こくりと頷き、我愛羅は差し出されたハート型クッキーを受け取って食べはじめる。
 それを見守っていたナルトとサスケとサクラは、お互いの顔をふと見合った。
(どう見ても一言も喋ってねぇの[ないの]に。我愛羅[さん]が何て言ってたか、なんでわかる[の
ー]んだよ?)
 それが三人の共通した心の声だったのだが、何故だか意思の疎通ができてしまっているらしい我愛羅
とリーに突っ込むだけの根性はない。
 少し俯き加減で、黙々とクッキーを食べている姿からはとてもあのドラマの中の彼を想像するのも難
しかった。
 無口でシャイな我愛羅のそんな様子を、そっと見ていた姉のテマリがほっとしたように笑う。
「良かったな、カンクロウ。どうやら今日はうちはのヤツ、落ち着いてるぞ。流石に三回目ともなれば
脚本の内容どうこうで一々切れるなんてこともないのかもな」
「………違うと、思うぞ、それ………」
「なにブルってんだよ。おまえも男だろ、情けねぇな」
「テマリにはわかんねぇんだ、アイツはマジでヤバイ」
「ま、そうかもしれないけど、今週だってあのナルトとツーショットシーンがあるんだろう? でもう
ちはのヤツ全然気にしてる風でもねぇし、そんなに怯えなくても………」
 その瞬間、ひんやりとした空気が背後から漂って来て、慌ててテマリは振り返った。
 振り向かなければ良かったと、直後に後悔したけれども。
 サスケがこっちを見ていた。
 正しくは、カンクロウを凝視していた。
 その手に今回の台本を持って。
 ようするに、まだ読んでいなかったから、カンクロウが今週もやっぱり彼の大事な子と競演しちゃう
なんて知らなくて平和な時間を過ごしていたわけだ、今の今までは。
「カンクロウ」
「テマリ?」
「骨は拾ってやる」
「テマリ〜〜〜????!!!」
 姉弟の絆など、この場合はハムよりも薄いようだった。
 来週まで続いたら、まじでこいつの命はヤバイかもしれない。
 真剣に、そう思う。
 そんな様々な思いが錯綜する撮影所の片隅で、さらにその状況を混乱に導きそうな人物が顎に手を当
ててじっと少年少女たちの様子を見ていた。
 歩く青春バイブル、夕陽沈む河原が必須アイテムの熱い男、ガイである。
「ああ、もう、青春してるなーあいつらは!」
「ガイ………あのね、それは少し違うでしょ」
「恋するがゆえに人は盲目になりがちだ。それはそれで、青春の熱い一頁だが、しかしこの場合撮影に
影響しかねないな」
「いや、だから、ほっときなさいって。こう言うのは外野があれこれ口出すと、たいてい余計に話がこ
んぐらがるんだから」
「よし、ここは人生の先達として、正しく導いてやるべきだろう! なあ、カカシ!」
「俺は遠慮して………」
「おまえの生徒じゃないか! 何を躊躇うことがある! 行くぞ!」
「って、おまえ、人の話を少しは聞け! この、青春バカが〜! 俺を巻き込むな〜!!」
 いまだ撮影も始まっていない闘技場に、空しく響くカカシの声。
 青春真っ盛りなお子様たちが、この先達のお言葉をちゃんと聞いたかどうかは、定かではない。



 





          
                                        01.07.02


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