【No.84 木の葉の蓮華は二度咲くのだ】 「おまえってさ、本当に青春ドラマを地で行くね」 「ん? 羨ましいか? カカシ」 「いや、羨ましくはないんだけどね、相変わらずだと思ってさ」 「はっはっは、そう恥ずかしがらなくてもいいぞ。リーのことが羨ましいんだろう?」 「まあ、それはどうでもいいんだけどさ、よくもまあ、あそこまで鍛えたねー」 カカシの台詞に、ガイはふっと顎に手を当てて笑みを浮かべる。 「あの子は俺の育てた生徒の中でも最高の体術を身に付けたよ。いや、俺の教え方が良かったのかもし れないが、あの子の努力も実に素晴らしいものだったからな。俺の自慢の部下だよ」 「そうだねー、自慢したくもなるよねー。おまえは体術大好きだもんねー」 撮影スタッフから振舞われた茶をズズズ、と飲みながら、カカシはあさっての方を見ている。 「なーに当たり前のこと言ってんのよ、カカシ。この男の体術マニアは、今に始まったことじゃないじ ゃない」 「アンコ」 ひょっこりと現れたのは、このドラマの作製に関してかなり発言権のあるみたらしアンコだった。 「ほい、差し入れ」 差し出されたものは、木の葉印のみたらし団子。 「おまえも、相変わらずだね」 「なによ、いらないなら返してよ」 「いんや、貰う」 「すまんな、アンコ」 「どーいたしまして。つかさ、あんたンとこのロック・リー? 今日の話、あれって本当の話なんでし ょ?」 「勿論だ。リーの努力は本当に素晴らしかったぞ。あの程度では真実の半分も語られていないがな」 「へーえ」 それは本当だろうなあ、とカカシは覆面の上からポリポリと頬をかく。 「今回の脚本は、実に良かった。俺とリーの熱い友情が良く分かる話だからな」 「おまえのこった、本放送録画するだけじゃ飽き足らず、今日の撮影現場もビデオにしっかり録画して あるんだろ?」 「勿論だ! ネジとテンテンが二人で仲間の勇姿をカメラに納めてくれている」 胸を張るガイに、カカシとアンコははいはい、と肩を竦める。 「ま、とりあえず、色んな意味で今回の脚本は良かったんじゃないの? 毎回出番もないのに現場に顔 を出しちゃあぶち切れて、カウントダウンもラスト間近、爆発寸前だった爆弾も、なんとか止まったみ たいだしさ」 「ああ、あの子ね。ホントに、見てるこっちが笑っちゃう位、あのコギツネちゃんが大事なんだわねぇ」 三本目のみたらし団子を食べながら、アンコは本当に可笑しそうに笑った。 「写輪眼のうちはか。あの少年の根性はなかなか見込みがあるぞ。うん。特にうずまきナルトが絡めば な。将来有望な部下がいていいじゃないか、カカシ」 「おまえ、それ本気で言ってる?」 がっくりと、カカシが疲れきった顔で肩を落とす。 こいつは、何時だって何言ってても本気なんだよな、と自分の発言に自分で突っ込みいれつつ、やけ くそめいた表情で相変わらず覆面をしたまま、貰った団子を齧ると言うミラクルな技を披露したカカシ の目線は遠くへ。 「サスケのナルト馬鹿ぶりは、もう驚嘆するしかないからなあ。俺だってあんまり関わりたくないのよ、 ホントのこと言えば」 「そうはいかないでしょ、あんた実際にもドラマの中でもあの二人の上官なんだからさ」 「それが、辛いとこなんだけどね〜」 「はっはっは、いいじゃないか、青春は二度は来ないんだ。熱く燃えなくちゃ勿体無いぞ」 「………そりゃおまえは、そうだろうけどね」 はは、と笑うに笑えない曖昧な表情で、カカシはついっと遠い目を返して問題の青春真っ盛りなお子 様たちを見た。 自分達と同じように、団子を頬張っている、見た目だけなら年相応なその集団を。 「これ、すげー美味いってばよ!」 満面の笑顔で、ナルトは両手に持ったみたらし団子を甘ダレが頬につくのも構わずに頬張っている。 その無邪気さは実に彼らしくていいのだが、問題はその彼を溺愛している写輪眼の少年の方なわけだ。 「ナルト、ほっぺたに付いてるぞ、ったく」 「ほへ?」 くいっと指先で掴んだナルトの顔を自分の方へ向けて、ペロリと舌で舐め取る。 「あんがと」 「あんまりがっつくなよ、誰も取りゃしねーんだ。ほら、これもやる」 「え、いいの?」 「俺は、あんまり甘いものは好きじゃねぇから」 「サンキュー!」 以上の会話が、目の前にサクラとリーがいた上のものだったということを、忘れてはいけない。 (ラブラブなのはいいんだけどさ、もーちょっと状況を考えなさいよね、しゃーんなろー!!) (それにしても、いつも仲が良くて羨ましいですね。僕もいつかそんな風に大切な人と過してみたいで す) ギャラリーの思うところはそれぞれではあったが、ここ何週間かの戦々恐々とした撮影現場の雰囲気 からすると、このラブラブな雰囲気の方がまだましなのはまあ事実だった。 これもそれも、一重にサスケの愛するナルトが誰かさんとツーショットをすると言うシーンがないか らと言う実に単純明快な理由であるところがなんとも言えない、とサクラは一つ溜息。 撮影の合間の休憩時間を、こんなにほのぼのと過せるなんて本当に久しぶりだ、と誰しもが思ってい る中、当のご本人もとてつもなく幸せそうだ。 特に、うちはの御曹司はこれ以上ないくらいに幸せ一色。 (よっぽど、カンクロウさんがナルトと会話しなかったのが嬉しいのね、サスケ君) 「なあなあ、リーってばさ、あの蓮華って技、今度俺に教えてくれってばよ!」 サスケの溢れる愛ゆえの暴挙についてどうしたらそこまで気がつけずにいられるのか、その天然さで は誰にも負けないナルトが、そんなサクラの心情を慮れるわけもなく、ニコニコしながらリーに話しか けた。 話しかけた相手がリーであって良かったと、いったい何人が胸を撫で下ろしたことだろうか。 「馬鹿、おまえに出来るわけないだろ」 「なんだよ、やってみないと分かんないだろ!」 「分かるって、それくらい」 「だってよう、おまえは蓮華が出来るんだろ! おまえばっか出来て、そんなのずるいってばよー!!」 「ずるいとか、そう言う問題じゃねぇっての」 「くっそー、じゃあその写輪眼、俺によこせよー」 「無茶言うな、ウスラトンカチ」 この、定番となりつつある口喧嘩も、傍目にはただの痴話喧嘩というかコミュニケーションの一環で あるとしかもう見えない。 しかし、だからといって黙って見過ごせるわけでもないのが、サクラなのだ。 「ちょっと、喧嘩しないの! んもう。だいたい、ナルト、あんた体術苦手なくせに何言ってんのよ。 サスケ君の言う通りよ」 「えー、サクラちゃんってば、ひでぇってばよう」 サクラにびしりと言われて、ナルトはしゅんとなってしまう。 「俺、ダメかなあ?」 ナルトがちらっとリーを見ると、リーが困った顔になった。 「そうですね、サスケ君は写輪眼という特別な条件の元で身に着けたわけですから、普通は蓮華は習得 するまでにかなりの修行が必要ですし、一朝一夕と言うわけには行きませんよ。それでもよければ、ガ イ先生にお願いしてみたらどうですか?」 ぴくり、とサスケの指が引き攣った事に、気が付いたのがサクラだけだったのは幸か不幸か。 「え? リーじゃダメなの?」 「僕はまだ人に教えられるようなレベルじゃありませんよ」 「……………じゃ、やめとく」 ナルトがそう言ったのは、あくまでもガイに教わることがちょっとばかり嫌かな、と思ったが故のも のだったのだが、サクラは心底ホッとしていた。 これでナルトが『じゃあ、そうする』、なんて言っていたら……… (嫌よ、サスケ君とガイ先生のバトルなんて………見たくないわ、色んな意味で) ナルトに関しては燃え盛る男と、根っからの青春バイブル男の戦いなんて、うざいだけだ。 (頼むからナルト、サスケ君をこれ以上刺激するような行動は控えてよね) みたらし団子を齧り、深々と溜息をこぼすサクラなのであった。 「ご機嫌だな、カンクロウ」 「おう。今週はうちはに殺される心配はないから、安心じゃん!」 そう言う台詞が冗談ではないから怖いのだが、テマリもそうか、と、あっさり頷く。 「あいつとの会話がないから、うちはが切れる心配はないわけだな」 「たまには撮影所で堂々としてたいじゃん。俺だってメインの出演者なんだぜ」 ふふふん、と鼻歌も出るほどのご機嫌ぶりで、カンクロウは差し入れられたみたらし団子をパクパク と食べていたのだが、ふと気が付いて周りを見回した。 「あれ、我愛羅はどうしたんだ?」 「ほっといてやれよ、今、感動の真っ只中だからな」 「なんだ、それ」 「今週の台本、全部読んだか?」 「おう、一応毎回ちゃんと目を通してる………、なるほど、分かったじゃん」 ぺらぺらと椅子に置かれた我愛羅の台本を捲ってみれば、そこにはガイによるリーの回想シーンが出 てくる。 そしてそのページには付箋とペンによるマーキングがばっちり。 「そんで、本人は」 どこなんだ、と思ってきょろりと撮影所を見まわせば、瓢箪を背負ったその特徴的な背中がモニター チェック用に用意されたビデオカメラの前にいるのが見える。 きちんと床の上に正座をして、手を膝の上に乗せて身を乗り出すようにして集中しきっているモニタ ーに映し出されているのは……… 「あれって、もしかして午前中外で取ってた映像か?」 「もしかしなくてもそうだよ。もう、何回繰り返して見てるかわかんないぜ、あれ」 そこは忍であるからして、子供時代の(いまでも子供だがさらに子供と言う意味で)自分たちの撮影 だって、子役など使わない。 つまり、今回の話で主な部分を占めたリーの回想シーンは、当のご本人が変化しての過去の再現と言 うシロモノだったわけだ。 そんなものを見せられて、ロック・リーファンクラブの会員ナンバー1を持つリーフリークの我愛羅 が黙っていられる訳がない。 「きっと、あのデモテープ、死んでも貰って帰るんだろうな」 「それを言うなら、相手を殺してでも、ってのが正しいじゃん」 「そうか」 コワイ会話だが、ご本人たちは至って真面目だ。 「ビデオにパソコンにフル活動だろうな」 本放送の時にはビデオデッキ総動員で何本も録画し、保存用だの閲覧用だのとするのだろう弟の姿が 見えて、テマリは頭痛を覚える。 (とりあえず、その放送の日は家を空けておくべきだな) (うっかり邪魔なんかしないように、電話線も切っておいた方が無難じゃん) 相も変わらず、気苦労の耐えない砂の忍たちであった。 「そろそろ、休み時間終わりかな」 「俺、もう少しなんか食べたいってばよ」 サクラに言われて時計を見たナルトは、うー、と唸った。 「団子俺の分まで食べといて何言ってる。昼飯まで待って」 「でもさー。あ、リー、なんかねぇ?」 「こら、またそうやってたかる!」 いつも差し入れのお裾分けに預かっているナルトが、期待を込めてリーを見る。 「そうですねえ、あ、そうだ、これ、皆さんで戴きましょう」 「何? うっわー、美味しそうなチーズケーキ! ってゆーか、これってば最近すっごい人気の新しく 出来たばかりのケーキ屋さんのじゃない」 そうした情報にはやはり一番詳しいサクラが、ケーキの箱に書かれた文字を見て歓喜の声を上げた。 「ここのチーズケーキはもう、すっごい人気で並んでも買えない位なのよ! これも差し入れ?」 「いえ、ネジに貰いました」 チーン、と言う、仏前に置かれた梵音具が鳴る音が、聞こえたのは幻聴だったろうか。 「ネ、ネジさんが?!」 「あいつ、あの店に並んだのか?」 実は、ナルトの為に噂の店のケーキを入手してやろうと思い、その行列に紛れた体験のあるサスケの 声には、その勇気を褒め称える響きがあった。 ちなみに、彼が変化の術を使っていたことは言うまでもないが、何に変化していたのかは本人のプラ イドとプライバシー保護の為明かさずにおく。 「あら、サスケ君知ってるの? このお店」 「あ、ああ、まあ、情報としてな」 「ふうん? でも、なんでまたネジさんが?」 「それが良く分からないんですが、『すまない、リー!』とだけ言い残してコレを置いて行ってしまっ たので」 「あのさ、それって、コレのせいじゃねーの?」 ひょいっと、ナルトが示したのは回想シーンにおける、ネジとリーの会話と言うか勝負と言うか、な 部分。 それを見るなり、ああ、なるほどね、とサクラとサスケは納得して頭を押さえていた。 あの苦労性、絶対剥げるな将来。 などと思ったのがサクラだったかサスケだったかはともかくとして。 「なんだ、そうだったんですか。ネジも水臭いなあ。確かにあれは大分事実とは違っているけど、気に する事もないのに」 それがアイツに出来るなら、あの切腹騒ぎは起すまいよ、と言わずにおいたのはある意味サスケの優 しさだったのだろうか。 「ま、とりあえず、食べましょ!」 気を取り直し、噂のケーキを前にして、女の子の必殺技『甘いものはベツバラ』、を発揮して、サク ラが嬉しそうに言う。 「おう! 食べるってばよ! サスケも食うよな? チーズケーキって甘くないってばよ」 「ああ、じゃあ、せっかくだしな」 「すみません、サクラさん、手を煩わせてしまって」 「いーのいーの、気にしないで!」 笑顔で切り分けたケーキをサスケが常に常備しているナルト専用撮影現場グッズから提供した紙皿に 乗せて、ついでに使い捨てのフォークも同じグッズから提供されて全員に回された。 「うわー、うめー!(サスケ、これ作れないかな)」 「うん、すっごい美味しい!(ラッキ〜!いのに自慢してやろっと)」 「ああ、確かにな(レシピ、絶対手に入れてやる)」 「美味しいですね、ネジにお礼を言わないと」 それぞれに感想(および心の叫び)を述べつつ、ケーキを半分ほど食べた時だったろうか。 ふと、思い出したようにナルトが言った。 「だけどさー、あの回想シーンでさ、ネジってば思いっきりリーのこと馬鹿にしてたろ? あれでリー のこと大好きな我愛羅が怒んなきゃいいな」 「はは、幾らなんでも、まさかそんなことはありませんよ」 笑って言うナルトに、笑って応えるリー。 だがしかし、そうでないお二人の間には、夏にも関わらず冷たい風が吹き抜ける。 チーン、と本日二度目の鈴の音。 有り得る、有り得るだろうことだけに、笑えない。 外の温度は摂氏三十度を越えているというのに、はまるで南極のような寒さを招いてしまったその予 想が正しかったか否かは、この撮影が終了した時に分かるだろう。 そして怖い予想は、必ず当たる。 ちらりと、モニターの前で正座してる瓢箪しょった背中を同時にサスケとサクラは見た。 そして固く心に誓うのだった。 今日は撮影終了と同時に、何があろうとも逃げ………帰宅しよう。 絶対に、そうしよう、と。 01.07.09 BACK |