「よーう、久しぶりだねえ、秋山君?」 いるはずのない人間がそこにいて、しかも自分を待ち構えていたと分かる物言いに、秋 山は迷わず踵を返した。 そして歩み去ろうとする背中に、薄く笑う声がそっと忍び寄る。 まるでそれは、蛇が音もなくすりよるかのように。 「いいのかい? お母さんのお墓、お参りに来たんだろ? もうすぐ命日だもんなあ」 くくく、と笑う声が、秋山の足を止めた。 だが、振り返ることはしない。 「いやー。大変だったよ、おまえを探し出すの。まったく見事に雲隠れしてくれちゃって さあ。上の連中は簡単に秋山深一を探し出せ、なんて言うだけでいいんだから、気楽なも んだよな」 秋山の背中がゆっくりと動き、今一度、改めてそこに笑っている男を見た。 鋭い白刃の切っ先をも思わせる眼光がその姿を捕らえ、僅かに眇められる。 「おまえのことだ、そう簡単に尻尾を掴ませるとも思えないし、何の手がかりもなしにあ っちこっち探り歩くなんてのは効率も悪いし手間もかかる。で、考えてみたわけだ」 俺もここを使ったんだよ、と自分の頭を軽く指で指し示しながら、睨みつけてくる秋山 に向かって喋り続けた。 「母親思いのおまえのことだ、命日に墓参りをしないわけがない。そしてタイミングよく もうじき命日ってなれば、その前後に現れる可能性は高いよなあ? だから、捜し歩くこ とはしないで此処でおまえが現れるのを待ってたわけだ。そうしたらドンピシャリ。いや あ、自分を褒めてやりたいね」 秋山が怒気を孕んだ目で睨みつけるのを意に介すことなく、一頻り堪えきれない笑いを 喉の奥で響かせていたかと思うと、さて、と不意に真面目な顔を作って一通の封筒を懐か ら取り出す。 「まあ、とにかく、俺はおまえを見つけ出して、これを渡せって命じられてるんでね。そ れはやらなきゃならないわけだ。おまえがどう思おうが、その後でこれをどうしようが、 それは知ったことじゃない」 言いながら近付いてくる相手………卑屈でわざとらしく作られた笑みを浮かべた谷村の 一挙手一投足を値踏みするように、秋山はさらに目を細めた。 「ほらよ、これはおまえさんあての招待状だ」 「………招待状だと?」 「そう。ライアーゲーム四回戦の」 ぴくり、と秋山のこめかみが動く。 「それはもう開催されないんじゃなかったのか」 「誰がそんなこと言ったんだ? ま、誰かに言われたんだとしても、こいつが事実だ。詳 しいことは中に書いてあるだろうが、四回戦が開かれるのは本当だ」 「………………」 秋山は、突き出された封筒をじっと見下ろすだけで、受け取ろうとはしない。 そんな様子に、暫くは我慢したものの結局彼には受け取る気がないと判断したのだろう か、谷村は薄笑いを浮かべたまま封筒を引っ込めた。 「参加の意思はなしか?」 「………」 「ゲームに参加するよりも、借金を背負う方を選ぶってことか。なるほどねえ。まあ、あ んたなら一億や二億、その頭使えば簡単に用意出来るのかもしれないけどな。そんなにま でして、会いたくないかねえ、彼女に」 ピクリ、と秋山の左眉が動くのを、楽しげに谷村は眺める。 「相変わらず、カンザキナオは、おまえの弱点か」 「何が言いたい」 「いやいや、別に。もちろん、参加したくないのなら、それでもかまわない。ドロップア ウトに必要な金を用意するも、出来なくて借金地獄に落ちるもおまえの自由だからな」 冷ややか笑みを浮かべた谷村は、くくく、と喉を震わせて楽しげに笑い出した。 「でも、本当にそれでいいのかねえ?」 くっ、とそこで笑みを引っ込める。 瞬間見せた表情は、それまでとはまるで違う宛ら秋山を責めるかのような色を帯びて、 射抜くような光を持つ。 だが、それはほんの一瞬のことで、真意を確かめる暇もなくすぐに元の表情に戻ってし まう。 その豹変ぶりに、秋山は一層のこと警戒心を強めると同時に、酷く嫌な焦燥感を感じた。 彼の心の内を、知ってか知らずか。 「そうそう、ここんところ、正確に言えば三ヶ月くらい前からか? 電話もメールもぴた りと止まって、それで安心でもしたか? それとも少しは落胆したのかな?」 唐突な、話だった。 秋山の顔色が、僅かではあったが俄かに変化を見せる。 何故おまえがそれを知っている、と言っている視線に谷村はますます楽しそうに笑みを 口の辺りから顔全体へと広げていく。 「まあ、それで全部綺麗に清算して終わらせたつもりなら、それはそれでいいだろうさ。 おまえにはそれで終わりなのかもしれないし、実際そうなんだろうしな」 何が言いたいのか、この男は。 秋山は眉間に皺を寄せて胡乱気に睨みつけると、遠回しな物言いをする谷村に対して言 いたいことがあるならはっきりと言え、と言い放った。 いや、言い放とうと、した。 「おまえも案外と、馬鹿だなあ、秋山」 だが、それに先んじて、いきなり何か楽しいことでもあったように谷村が笑いながら口 を開いたために、彼の声は音にはならずに終わる。 それは偶然だったのか、意図されたタイミングだったのか。 「おまえさ、敗者復活戦の時のこと、もう忘れちゃってるのかねえ」 くくく、く、とそれは、酷く耳障りな声だ。 「あの子ね、四回戦に出るそうだよ。いやあ、健気だよねえ、ほんとに。あんな身体でま ったく偉いよ。感動物だね。よっぽどおまえに会いたいんじゃないの? ま、おまえは参 加する気はないみたいだから、あの子のせっかくの努力も無駄に終わるわけだけどね」 「おい、それはどういう意味だ」 「それってのはどれのことかなあ?」 「あんな身体って、あいつが、どうかしたのか」 「ああ、そうか、知らないか、知らないよなあ。故意に避けてたんだから、知るわけない よなあ。でも、もう関係ないんだろ? 彼女とは」 「さっさと言え」 「なにをそんなに怒ってんだ? おまえと彼女はもう無関係なんだろう? ゲームにも参 加する気はないなら、知ったところで意味なんてないよなあ」 くくくくく、と。 逆撫でするような音で笑う谷村の声に、秋山の限界はついにきた。 「言え」 「おー、怖い怖い」 わざとらしく首を竦めて見せると、谷村は秋山の母の眠る墓石を離れて海から吹く風に ジャケットをはためかせながら秋山に向かって歩き出す。 「でも、知りたいなら四回戦に参加すればいいことじゃないか? 俺はおまえに招待状を 届けに来ただけだからな」 「………貴様」 「おっとお、暴力はなしで頼むぜ」 にやり、と笑う谷村がみせた僅かな気配の変化に、秋山は彼がそれなりに腕に覚えのあ ることを知る。 実際に秋山は知らないが、谷村は元々は刑事でありそのために柔道や空手といったもの を必須のものとして身に付けていたから、暴力を持って彼に言うことを聞かせようとする のは、残念ながら秋山には不可能な話だろう。 「俺はこれでも一応、それなりに心得があるんでね、怪我したくないなら、その拳は上げ ないこったな」 言いながら、谷村は秋山の隣にまで来ると、足を止めた。 「簡単だろ? ゲームに参加すれば借金もしなくて済むし、金を稼げるチャンスもある。 おまけに気になってるあの子のことも分かるんだ」 でも、と一度言葉を切った上で、谷村はすぐ横にある秋山の顔を薄く笑うように細めた 目で見る。 「あの子とはもうなんの関係もない、そう言い切れるのなら、ドロップアウトでもなんで もいすりゃいい」 「………ゲームには誰が、参加する」 低く、搾り出すような秋山の声は谷村の笑い声を殺した。 その視線一つで人を殺せそうな眼光をまともに向けられて、僅かながらに谷村の喉がひ くり、と音を立てる。 だがその顔に浮かんだ表情は変わらない。 「全員さ、決まってるだろ? おまえ以外の三回戦参加者は全員だ。どいつも一億もの借 金を返せるあてなんてありゃしない連中ばかりだから、当然参加するしかないよな」 「………全員………?」 「そう、全員だ」 そこで、再び谷村の声が蔑むような響きを持って、秋山の耳に流れ込んだ。 「もちろん、ヨコヤさんも、ね」 海からの風がごうごうと音を立てて、谷村のその言葉を吹き上げ、そして。 まるで全部嘘であったかのように、乱暴に水平線の彼方へと連れ去っていった。
なが! でも、これでも大分端折っています。秋山さんと谷村さんだけで 丁々発止なトークを延々とさせても楽しくないですよねえ(笑) ってことでザクザク色々縮めてこうなりました。 秋山さんのところにきたのは、金歯の輝くお方!(笑) 秋山さんは絶対お母さんのお墓参りは欠かさないと思うんですよ。 下手したら月命日とかにも行っていそう。 そして、悩み事はここでぐるぐるぐるぐる。 考えてドツボにはまるタイプな気がしますね。 頭のいい人は、良すぎるからこそ、深みにはまるというか。 さて次は誰だ。 三回戦の面子の誰かでしょうかねー。