「あきやまああああああ!」
 その怒声は、世界を切り裂いた。
 それほどの衝撃をもって、辺りに響き渡った。
 耳にした者は誰もが目を見開き、なにが起こったのかを理解しようとしたのか、それと
もただ唖然としていただけだったのか。
 走り出したその背中を見送るしか出来ない。
 止めることも出来やしない。
 そして、迫るその姿を目の当たりにしていた側もまた、自分が今どんな状況に置かれて
いるのかを理解するのに遅れて、迂闊なことに半分ほど斜めに開いた格好で立つ自分をそ
のままに、顔だけ相手に向けてしまた。
 そして。 
 ガツンッ………と。
 骨が軋む音が鈍く痛々しく。
 空気を震わせ、その音が耳に届いたときには、音の原因となった一方は方を怒らせ荒く
なった呼吸をそのままに振り下ろした腕をだらりと下げたまま、眼下に倒れ付す相手を鋭
い眼光で睨みつけ。
 頬に受けた衝撃を緩和することも、受身を取ることも出来ないままで、吹っ飛んで地面
に叩きつけられた身体を地面に伏せた側は、自分をそんな状態に陥れた相手を、のそりと
見上げた。
 そこで絡んだ視線の果てに、一度は下した腕が再び引き上げられて拳が強く握られる。
 それを見た途端に、動くことを忘れていた者たちがわたわたと動き出した。
「ちょ、ちょっと待って、待ってくださいよ、ヒロミさん!」
「冷静に、冷静に!」
「ちょ、おまえ、それは拙いだろ!」
「落ち着け、な、気持ちは分かるが、とにかく落ち着け?」
「うるさい! 離しなさいよ! こいつにはこんなんじゃ全然足りないわよ!」
「だ、だからって、拳で殴ったりしたら、ヒロミさんの手まで傷めちゃいますよ!」
「そうそう、こんな男のために、あんたが怪我する必要ないじゃん? な?」
 振り上げた腕を勢いに任せて叩き落そうとしているヒロミを、辛うじて押さえ込むこと
に成功したオオノやオカノ、ツチダにフクナガは、とにかく彼女を落ち着かせようと交互
に言い募る。
 それが功を奏したのか、ヒロミは荒い呼吸はそのままに、ゆっくりと腕を下した。
 だが、その目はまだ倒れた男をそれで殺せるならば、と言わんばかりに鋭い目つきで憎
憎しげに睨んでいる。
「………よくもまあ、涼しい顔してのこのこやって来れたもんよね」
「おまえに、そんなことを言われる筋合いはない」
「ええそうでしょうとも! あたしに、言われる筋合いなんてこれっぽちもありゃしない
でしょうね! でも! あんたに会ったら絶対に殴ってやるって決めてたんだよ。一回で
済んでよかったと思いな。本当は二度と見れない顔にしてやるつもりだったんだからね」
「それは物騒な話だな」
「あんたには、それだって甘過ぎるわ。あの子が、どんだけあんたのこと………あの子が
ずっとどんな気持ちで………」
「ヒロミさん、落ち着いて」
 フクナガから預けられたヒロミを落ち着かせようと、ケイコが声をかける。
 しかし、それはヒロミには聞こえてはいなかったらしい。
「あの子が失明したこと、あんた知ってんの? どうして、そんなことになったのか、そ
れを知ってんの!?」
 言い募る、ヒロミに。
 ゆっくりと立ち上がり服についていた土埃を払うと、秋山は冷ややかな視線を向けた。
「問答無用で暴力行為に及ぶのは、レベルの低い証拠だな」
「は! 元詐欺師の天才さんは、言うこともお上品ですこと!」
「はいはい、そんな挑発に簡単にのっちゃだめでしょー。秋山得意の口八丁手八丁なんだ
からさ」
 怒りのゲージの下がらないヒロミを今度はケイコだけではなくオカノにもに押し付ける
ようにして後ろに下がらせると、フクナガがふん、と笑うような顔で前に出る。
「相変わらずみたいだねえ? アキヤマ君。てっきりこのゲームには不参加だと思ってた
のにさー。どういった風の吹き回しなわけー?」
「誰が、ゲームに参加すると言った?」
「へえ? じゃあなんでここにいるわけよ」
「事務局の奴らにドロップアウトを宣言するために、決まってるだろう」
「はい? じゃなに? おまえドロップアウトに必要なだけのマネーをお持ちなわけです
か」
「なけりゃドロップアウトは出来ないな」
 嗤う様に言う秋山の顔にはあからさまな嘲りがある。
 見る者の神経を逆撫でして引っ掻き回す、そんな効果のある顔だ。
「おまえらは、ないから参加するんだろう? ご苦労なことだな。まあ、せいぜい、余計
な負債を背負わないようにない知恵を絞って頑張れよ」
 そして見下げたよな物言いで言い捨てて、秋山は踵を返す。
 慌てたようにヒロミが怒鳴りつけた。
「待ちなさいよ! あんた、直に何も言うことはないわけ? 知ってんのよね? あの子
があんな身体になったのは」
「それが、どうした」
 振り返った、秋山の目にはまったく色がなかった。
 喜怒哀楽のどの感情もない、まるでガラス球が埋め込まれているのではないかと見紛う
ほどに何も映さない瞳が、恐ろしいほどの静けさを湛えて自分を見つめる全員を見返す。
「俺とあいはとっくに何の関係もなくなってたんだ。三回戦が終わった時点で、な。その
後にあいつが何をして、その結果どういうことになろうと、それに俺がどう関係するって
言うんだ?」
「………あ、き………やま………」
「寧ろ、俺は迷惑を被ってる側なんじゃないのか? どうしておまえたちに、そんな風に
糾弾めいたことを言われなきゃならない」
「おまえ、それ、本気で」
「言っているなら、なんだと?」
 ぶるぶると震える拳が止まらない。
 今度こそ、あの顔を叩きのめしてやらなくては気がすまない。
 全部嘘なんだと、言わせなくてはやりきれない。
「やめてください!」
 ヒロミが、そして他の誰もが、秋山に対しての怒りを爆発させそうになった、その時。
 その今にも破裂しそうな空気をあっさりと収束させる、低く静かな声が、響いた。
「もう、やめてください。皆さん」
「………直、あんた、いつから」
「最初から、です。ごめんなさい、立ち聞きするようなことしちゃって」
 ぺこり、と深く頭を下げて、そして顔を上げた直は、にこ、と笑ってみせた。
 それは鮮やか過ぎるほど、柔らかい笑顔だった。





4からは、かなりぶっ飛んだ先の部分です。 ええ、どうしても書きたい衝動に襲われました。 それは、冒頭の「あきやまあああああ」です(笑) ヒロミさんは女だてらにトラック野郎なので、けっこう体力やら腕力やら あるんじゃないかなと。 殴られて倒れる秋山、書きたかった(笑)わけではありません、はい。 こういうシーン、書くの好きなんですよね。本来の本性がムクムクと……… いけないいけない。 2のあたりからちらちら書いていましたが、直ちゃんは失明しています。 原因はまあ、あれです、あれ。(あれって) 4と5の間をあまりにかっ飛ばしたので、次はその間を埋める話になる、かと。 しかし、これもこれで、どえらい中途半端な終わり方……… ちなみに4回戦のゲームは、考えてあります。 ただ問題は………必勝法が絶対ないってこと(笑) リストラゲームにシステムは似ているんですが、直ちゃんの皆が幸せになる方法が 通用しないゲームになっちゃいました。現在、自分でそれの必勝法を模索中。 まあ、なくても展開上全然かまわないんですが(笑) 助けて、秋山さん!(こら)