「お父さん、大変!」 今年小学一年生となる息子が、いつになく血相を変えて部屋に飛び込んできたので、何事が起 きたのかと深一は向かっていたモニターから目を離して視線を向けた。 「どうしたんだ」 日ごろから、年齢にそぐわぬほど落ち着いた言動を取る子だけに、その慌てぶりはただ事では ないと即座に判断がついたのだが、原因までは話を聞かなければ分からなかった。 あまりいい予感はしなかったが。 「母さんと深悠が、二人で買い物に行くって、出かけちゃった」 「………なんだって?」 予感的中、と言うべきなのか。 思わず椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった父親に、息子は、はいっと持っていた紙を差し出す。 受け取って、素早く目を走らせれば。 『深一さんも慧くんも忙しそうなので、深悠と一緒にお散歩しながらお買い物に行ってきます。 おやつに、美好さんのお団子買ってくるので、楽しみにしていてくださいね』 最後まで読み終わるまでもなく、深一の眉間には深い皺が寄っていた。 それを見上げている息子、慧の顔にもとても六歳の子供が見せるものとは思えないような心配 そうな表情が広がっている。 「ごめんなさい、お父さん。僕がちゃんと気をつけてたら」 「いや、おまえは悪くないよ。寧ろ俺がもっと気を配るべきだった。今日のこの陽気で、あいつ がおとなしくしているわけがなかったんだよな」 はーっと身体中の空気を吐き出してしまいそうな溜息に、慧はわたわたと慌てた様子で父親の 服の裾を引っ張った。 「お父さん、お父さん、そんなに大きな溜息吐いたらダメだよ。幸せが逃げちゃうってお母さん が言ってたもん」 大人びてみえても(その精神年齢はどう考えても小学生レベルではなかった。父親譲りの明晰 な頭脳と冷静沈着さも相俟って、時には母親さえも年下に見えるほどなのだ)、やはりそこはま だまだ子供なのだろう。 母親に教えられたことを真摯に受け止めて、本気で父親のことを心配しているのがわかる。 その幼い優しさに、深一は苦笑を浮かべつつ温かなものを感じて笑みを浮かべ、そうだったな、 と言いながら息子の頭を軽く撫でた。 が、穏やかに親子の会話を営んでいる場合ではなかったのだ。 「………って、今はそんなこと言ってる場合じゃなかったな。慧、最後に直を、お母さんを見た のはいつだ?」 「ええとね、二十分くらい前に僕の部屋の前を歌いながら通って行ったのは知ってる」 「と言うことは、その最低でも二十分よりも前までは家にいたってことだな」 素早く何かを考えるように目を細め、うっかり握り潰してしまった置手紙にもう一度視線を走 らせると、深一はものも言わずに携帯と財布と鍵を掴み、部屋を飛び出した。 もちろん、その後に慧も続く。 「お母さんたちを探しに行くの?」 「ああ。野放しにしておいたら、何を引き起こすか分からないだろう」 「………うん、僕もそう思う」 廊下を小走りに抜けて玄関に到達すると、靴を履くのももどかしく、外へと出る。 当然だが、これにも慧が父親そっくりの動きで後に続いた。 それは最初からわかっていたのか、深一は何も言わずに鍵をかけると、門を開けて道路へ。 「お父さん、お母さんが何処に行ったか分かるの?」 走ってこそいないが、父親の競歩並みの速度にそれでもしっかり小走りについてくる慧が訊ね れば、深一は、ああ、と返事を返して置手紙を息子に返した。 「そこにヒントがあるだろう」 「ええと………あ、そうか、お団子の美好さん!」 「そういうこと」 なるほど、お父さんって凄いなあ、僕なんてこの手紙見たら慌てちゃってそんなこと全然気付 けなかった、と慧はきらきらと目を耀かせて深一を見上げる。 自分の父親のことを大変尊敬している息子にとって、こうした一面を垣間見ることは嬉しいも のであり、ますますもって憧れの度合いが増していくのだろう。 だが、彼が父親を誰より尊敬している一番の理由は、自分の母親ことをきっちりしっかりフォ ローして面倒を見ちゃっているところだったりするのだが、それは母親の名誉の為に口にしたこ とはない。 齢六歳にして非常に周囲への思いやりを欠かさない、本当に良く出来た子供である。 かくして、秋山家の男二人、父親の秋山深一と、息子秋山慧の二人による、秋山家の女二人、 母親の秋山直と、娘の秋山深悠の捜索が始まったのだった。
えー、一部の方からリクエストされていた、秋山家物語の一端です(笑) 将来を誓っちゃうインベイトに至るまでの過程や、そのイベントの話なんかも全部すっとばして いきなり降ってきたので、書いてしまいました。 うちの秋山家は、一男一女のお子様がいます。 とりあえず、直さんは女子短期大学生、ということにしていただいて(おい)大学を卒業すると 同時にゴールインで、第一子のご出産はその十ヵ月後。秋山さん、迂闊なことはしませんよ。 ちゃんと家族計画してます(笑) 一子目は男の子で、名前は慧。賢い、とか道理を見抜く力のことを意味している漢字で、直ちゃ んが一字であることにひっかけて、同じ一字で。容姿は母親似で、パッと見ではおっとりしてい るように見られるものの、実際の中身は父親譲り。頭もよく回転も速く、冷静沈着。ただ、母親 譲りの正直さと生真面目さと優しいところが、まだ子供なこともあって顕著です。 第二子は女の子で、名前は深悠(みう)。深一さんの字を絶対使う、と直が譲らずに決定。深く ゆったりした心を持ってね、という意味で。外見は父親似で美人系。でも、中身はそのまんま直 二号。笑顔で多くの人間を篭絡する姿に、直の子供時代を垣間見る父親(笑)。 天然が二人いる秋山家はとっても大変です。息子の慧くんが、年齢以上に大人なのは、お父さん の苦労っぷりを見ているからかと思われます。 現在の年齢は、深一さん34歳、直ちゃん26歳、慧くん6歳、深悠ちゃん3歳です。 ちなみに、秋山さんのお仕事は、他のサイトさんでも見かけますが、株のトレーディングが中心 です。他に、心理学専門書の翻訳なんかも手がけていてもよし。直ちゃんはもちろん、専業主婦 でございます。秋山さん心配で外に出せませんよ(笑) 自宅は、近くに活気ある商店街があるけれども、家の周囲は比較的落ち着いた郊外の一軒家。 そして活気ある商店街では秋山家は、アイドルです(笑)直ちゃんと深悠ちゃんはもちろんです が、慧くんも大変良い子なので人気者。そしてお父さんの深一さんも、おばちゃんずに人気があ ります。そして頭が非常によろしいので、けっこう商店街の方々の相談なんかも聞いちゃってた りします。税金とか、商店街の運営の問題とか、まあ、色々。 秋山さんの過去は、ばれてます。でも、それはそれ、これはこれで関係ないわよ、と商店街の皆 様は秋山家の味方です。過去はどうあれ、ちゃんと刑に服してるのだし、それに、深一さん自身 の人柄もあることと、なんたって直ちゃんがベタ惚れしている旦那様であり、そして直ちゃんを 大事にしているよき夫、よきパパですので。過去よりも現在の事実が優先される、大らかな人の 多い都心とはちょっと離れた田舎の大らかさ。 以上、やったらと設定だけはがっつりある、うちの秋山家情報でした(笑) 続きは、まあ、そのうちに。直ちゃんと深悠ちゃんサイドの、おっかいものーな話になりますね きっと(笑) そして、秋山さんを深一、と表記するのに、軽く五分くらい悩みました。でも、全員秋山なのに 秋山、って書いたら誰だよ、になるので(笑)