とても真剣な顔で、直がテレビ画面に食い入るようにして意識を集中している。 その傍らで、向かい合う形で絨毯の上に膝を立てて座り持ってきた本を読み進めていた秋 山は、ふとあまりにも静かな彼女が逆に気になったのか、ついっと顔を上げた。 いつになく、大真面目なその顔つき。 いったい、何をそんなに夢中になって、とこのときになってようやく放送されている番組 に対しての興味と言うのか関心と言うのか、明確な意図を持って視線を送る。 すると、そこには一目でなんであるかをあからさまに語っているものが、映っていた。 女性にとっては夢や憧れが目一杯に詰まっているらしいが、皮肉な思考の持ち主からは墓 場だか棺桶だかに足を突っ込むことだと評される人生の大イベント、となるのであろうそれ を特集している番組。 今の流行のデザインであるとか、最近は和のものも好まれいているだとか、海外で家族だ けのものを行うのも珍しくないだのなんだのかんだの。 画面がパーティらしき場面に変わったところで、直の口から小さく吐息が漏れる。 それを拾い上げた耳に続いて、返した視線の先に口許を緩めて笑みを湛えている顔を捉え てしまった己の目に、秋山は少しの間をおいてから、ゆっくりと口を開いた。 「君は、どっちがいいの」 「え?」 「さっきから、ものすごく真剣に見てるみたいだけど」 「あ、ええと」 秋山に指摘されたのが恥ずかしかったのか、直はぽっと頬を赤らめてスカートの裾を無意 味み弄繰り回しながら、えーっとですね、とあまり意味のない言葉を羅列する。 「どっちもすっごく捨て難いんですよね」 はにかみながらもそう言った直に、どちらでも彼女なら似合うだろうな、と考えてしまっ た秋山は、即座に己の脳内妄想に待ったをかけた。 もちろん、そんなことは直は与り知らぬ話であるので、色々と彼女なりの意見や見解を述 べていく。 そして。 「でもですね、やっぱり、両方お得、っていうのが一番だと思うんです」 「つまり?」 「和洋折衷ってすごいいいと思いませんか?」 秋山の脳内では、この瞬間に凄いことが起こっていた。 和洋折衷ってなんだ、和洋折衷って。 あれとあれを一緒に着るとでもいうのか。 いやまて、自分が世間から遠ざかっていた三年間の間に、そういう衣裳が考え出されてい て、自分が知らないだけでメジャーなものになっていたりするのか。 だとしたら、それってどんな服なんだ。 と、そこまで考えが暴走したところで、はた、と我に返る。 いやまて、相手はあの神崎直なのだ。 もしかしたら彼女は、お色直しをして両方を着ることを、和洋折衷という単語一つで言い 現したのではないのか。 そうだ、そうに違いない。 秋山の思考がようやくそこに落ち着いて、軟着陸をしようとしたのだけれども。 やはり相手は、只者では、なかった。 「だって、和食だけだったり洋食だけだったり、中華だけだったりすると、それ意外のもの も食べたくなると思いませんか? 折角なんですから、美味しいものなら和洋中、関係なく 揃ってた方が絶対招待客の人だって、嬉しいと思うんですよ!」 「………………………は?」 「ほら、それに、和食はだめ、とか中華はちょっと、とか、そういうお客様だっているかもい しれないじゃないですか? でも和洋折衷なら、一品二品は食べられなくても、全部がダメっ てことにはならないし、これって、すごくお得で便利で一石二鳥ですよね!」 いや、その言葉の使い方は色々と間違っているから。 秋山はこんなときでも律儀に突っ込みを入れておいた。 心の中で。 「………まあ、そうかもね」 「ですよね!」 秋山の返事を聞いて、直はやっぱり、と嬉しそうに笑顔を咲かせる。 その顔には、秋山さんに同意してもらえた! といわんばかりの喜びに溢れていた。 だから彼女は知らない。 互いの意思の疎通には大いなる溝があって、その溝を無言のままシャベルを握って埋め立て て、必死の思いで直の方へと秋山が歩みよってきたことで、どうにか会話が成立していたこと を。 そして、秋山が、一分前の自分の脳内を走っていたものに、全部消え去ってくれと本気で思 っていたことも。 「やっぱり、美味しいのが一番ですよね!」 異国の言葉を話す相手との会話はこんなにも大変なんだなと、しみじみ思う秋山の背中の哀 愁は深く。 吐き出され溜息は、さらに深く重いものだった。
相変わらずシャワーを浴びていて、降ってきたネタ。 その発生源がどこにあるのか、自分でも分かりません。 色気より食い気な直ちゃんと、ちょっとドリームしちゃった秋山さん。 二人の会話は、こんな感じでどこかずれているのがよろしいかと。 そしてそのことに気付くのは、いつも秋山さん。 その溝を埋める努力をするのも秋山さん。 露と知らず、にこにこ笑顔の直ちゃん。 秋山さんが時々直ちゃんに意地悪しちゃうのは、 こういうところからの反動だったりするから、って裏設定があってもよし。 ここだけだとギャグですが、これに前後の話をくっつけて 血やら肉やら骨やらを追加すると、未来を誓っちゃうイベントの話に なることも可能な気がします(笑)