「深一さん」 「ん?」 「お願いします!」 昼食を終え、家族揃って居間で過ごしていた時。 居間で腕に抱きかかえている娘の深悠の相手をしながら、息子の慧がクロスワードパズ ルを解くのを眺めて寛いでいた深一の前に神妙な面持ちで立った直が、ずい、と何かを両 手で持って差し出した。 捧げ持つかのような彼女の手の中にあったもの、それは。 深い緑色をした、こわもての物体。 「ああ」 「おかーさん、ぱんぷきぱい、つくるの?」 直の言いたいことを理解して頷いた深一の腕の中から身を乗り出すようにして、目をキ ラキラさせた深悠が嬉しそうな声を上げた。 「そうよ、深悠。美味しいの作るからね」 「わーい! みう、おかーさんのぱんぷきぱい、大好き!」 「良かったな、深悠」 「うん!」 「というわけで、お願いします、深一さん!」 「はいはい」 ニコニコと嬉しそうな笑顔の娘を膝から下してソファーに座らせると、腰を上げて直の 持っていたもの、つまりかぼちゃを受け取り、ぽんと、慧の頭を軽く叩いてからキッチン へと向かっていく。 「おかーさん、おかーさん、みうに、おおきいのちょうだいね」 「深悠に一番大きいのあげるから、大丈夫よ」 「わーい!」 両手を挙げて喜んだ後で、あ、と深悠が声を上げた。 「どうしたの?」 「あのね、あのね、みう、にばんめにおおきいので、いいよ」 「どうして?」 一番大きくなくていいの? と直が不思議そうに訊ねると、うんとね、と小さく首を傾 げるようにしながら深悠はいいの、と言って続ける。 「あのね、いちばんおおきいの、おにーちゃんにあげて」 「慧くんに?」 「うん」 だって、おにーちゃんだもん、と深悠が言えば、今度は別の声が上がった。 「僕より、一番パンプキンパイ大好きなんのは深悠なんだから、深悠が一番大きいの食べ た方が、パンプキンパイだって嬉しいと思うよ?」 もちろん、おにーちゃん、の慧だ。 「そうなの?」 兄の言葉に、深悠はきょとんと目を丸くしてしまう。 「うん」 こくん、と慧が頷いて見せれば、ぱあっと深悠の顔に零れんばかりの笑顔を浮かんだ。 「じゃあね、じゃあね、おにーちゃんに、一口あげるね」 「いいの?」 「うん!」 「ありがとう」 そんな会話をする子供たちに、直は嬉しそうにニコニコ笑顔を絶やさない。 愛する夫、深一のとの大事な大事な二人の子供は彼女の宝物だ。 こうして四人で過ごせるのがどんなに嬉しいことか。 「………おい!」 「え? あ、はい!」 「切って、置いてあるから」 「あ、ありがとうございます! じゃあ早速作りますね。三時のおやつに間に合わせます ね!」 「慌てなくていいから」 「はーい」 深一の言葉にニコリと笑って、今度は入れ替わりに直がキッチンに消える。 相変わらずの鼻歌に、やれやれ、と思いながらソファーに戻った深一は、じいっと自分 を見上げている視線に気づいた。 「どうした?」 「かぼちゃを使った料理をするときって、どうしていつもお父さんがかぼちゃを切るの?」 不思議そうに聞いてくる息子に、深一は暫し沈黙する。 そして一つ溜息を吐いた後、じゃれてくる深悠をあやしてやりつつ、おもむろに口を開い た。 「慧、料理される前のかぼちゃに触ったことはあるか?」 「うん。すごく固いよね」 初めて触ったとき、ビックリした、と言えば、そうだな、と深一は応じる。 そして、大真面目な顔で。 「昔、あれが固いからって、両手で握り締めた包丁を振り下ろして叩き切ろうとした奴が いたんだよ」 「え」 「それが本気だって言うんだから怖いだろう? アレを見たら、二度と自分でかぼちゃを 切らせようとは誰も思わないだろうな」 怖い考えが浮かんでしまったのだろうか。 慧の顔が年に似合わぬ引き攣ったような笑みを象った。 「お父さん」 「なんだ?」 「お母さんって、凄いね」 「そういう言い方も、出来るかもな」 「でも、僕、そういうお母さん大好き。お父さんもでしょう?」 「そうだな」 大変困ったことに、そういう彼女だからこそ好きなのだ、という事実を息子に先んじら れてしまった深一は何とも言えない表情になる。 「みうもおかーさん、だいすき、おとーさんも、おにーちゃんもいだいすき!」 「お父さんも深悠が大好きだよ」 「僕も」 そして花咲く、無敵の笑顔。 「きゃー!」 そんでもって、響き渡る、盛大な音。 「って、なにやった直!」 「お母さん大丈夫!?」 「おかーさん、どうしたの?」 「おなべ、ひっくり返しちゃいました〜」 「………おまえ、またそんなベタな………」 平穏という言葉は遠く、平和なんてとんとお目にかかれないけれども。 秋山家は、今日も賑々しく、そしていろんな意味で、幸せだった。 それはもう、いろんな意味を含めて。
うーん、書きたかったのはもちょっと違うんですが、まとまらず。 SSで書いた、かぼちゃネタに、ちょこっと被ってます。 秋山家ではかぼちゃは父が切り分ける役目を担っております。 これはもう、絶対の決まりごと。 直が自分でやろうとしたら、慧君は、ありとあらゆる手段を講じてそれを止め 父を呼びに走ります。お父さん、大変、お母さんが!! とハザード出しながら(笑) 今書きたいなあ、と思っているのは、「家庭訪問編」「お団子買出し編」「授業参観編」 「運動会編」ちょっとシリアスな感じの「慧君が喧嘩した理由」ですかね。 どっから消化していきましょうかー。