+++ゲーム三回戦のどっかで+++ 「ちょっとあんた」 ゲームの合間に、北の国の様子を窺うようにガラスの向こうへ視線を送っていた秋山の隣 に立ったかと思うと、いきなり挑むような声をフクナガが投げつけた。 思わぬ相手の思わぬ登場に、秋山は胡乱気な顔を上げる。 すると、腕を組んで仁王立ちになったフクナガと視線がかち合った。 「なんだ?」 特にその相手からこんな風に声をかけられるような覚えがなく、秋山は僅かに首を左側に 傾げてそう応じる。 「いい加減、はっきりしてくれない?」 「何をだ?」 「決まってるでしょ、カンザキナオよ、カンザキナオ! あんたらベタベタいちゃいちゃし てるくせに、肝心なところは全然真っ白なんでしょうが」 「言ってる意味が分からないんだが」 「は、しらばっくれるんじゃないわよ、この策士」 「酷い言われようだが、おまえの言葉は論旨がはっきりしてない。それでどう理解しろって 言うつもりなんだ?」 あくまでも態度を変えない秋山に、いらいらした様子をあからさまにしたフクナガの右眉 がピクピクと動いていた。 「いい加減、とっとと好きでも愛してるでも言って、くっつけって言ってんのよ!」 「それをどうしておまえに強要される必要があるんだ?」 「迷惑だからよ」 「迷惑」 意味が分かりません、とばかりに鸚鵡返しをしてきた秋山に、ついに痺れを切らしたのか フクナガがガツン、と秋山が座っている椅子の隣の椅子を乱暴に蹴りつける。 「だから、まだるっこしいのよ、あんたたち! それが苛々してゲームに集中出来ないこっ ちはいい迷惑なんだってのよ」 「そりゃおまえの精神的な甘さだろ」 俺には関係ありません、と言外に言う秋山に対して、右腕が繰り出されなかったのは奇跡 だった。 もっとも、それが実際に実行されていたとしても、フクナガの渾身の一撃が秋山に決まっ ていたかどうかは定かではないが。 「あんたが動かないなら、あたしが動くわよ」 「へえ?」 「あの子、単純御馬鹿だから、簡単よ。あたしがその気になったら、結婚まで持っていくの だってそんなに難しくないわね」 「おまえが結婚詐欺師志望だとは知らなかったな」 「ふん、失礼な言い方は止めてくれない?」 じろりと睨むフクナガを、秋山はくくく、と喉の奥で笑いながらちらりと前髪の向こうか ら視線で捕らえた。 面白がっていると、一目で分かるそれ。 「絶対無理だと思ってるわね、アンタ」 「まあまあ」 「なにが、まあまあよ! ホント、ムカツク奴ねあんたは!」 今にも食いつかんばかりに怒鳴るフクナガに、不意に真剣な雰囲気を秋山は見せる。 「ま、とりあえず、おまえがあいつと結婚できるかどうかは別として」 「なによ」 「もし、おまえがあいつと結婚することになったら、覚悟はしておけよ」 「は? なにをよ。あんたの逆襲に対してとでも言うわけ?」 馬鹿にしないでくれない、と鼻を鳴らしたフクナガだったが、秋山は極めて真剣だった。 「おまえ、覚えてるか? 俺はあいつの私物だってこと」 「ああ、そんなこと言ってたわね。敗者復活戦で。まったく屁理屈極まりない言い分で上手 いことこっちを言いくるめてくれたもんだわ」 何が私物だ、馬鹿にしてくれる。 フクナガはそんな意味を込めて秋山を睨みつけたのだけれども。 それに対して、にっこりと、笑って見せた後で秋山はさらりと言い放った。 「俺は、カンザキナオの私物だ。それも、かなり使用頻度も高くて重要性も高い」 自分で言うか、こいつ、とは思ったが。 話をまぜっかえすと面倒なので、とりあえず聞き流す。 「だから、なによ」 にこりと口の端に、明らかに作った笑顔を乗せて。 「当然、カンザキナオの嫁入り道具になるから、まあ、そのときは、宜しく」 +++三回戦のどっかで その2+++ 自分の発言に全身打撲の衝撃を受けたフクナガが、疲れ果てた顔で椅子に凭れかかってい る姿を、秋山は別段興味もないのか視界に入れることもなく、再び北の国の観察に戻ってい た。 前髪の向こうに隠された目が何を思っているのかを推察するのは、素っ裸でK2を登頂し ようとするのと同じくらい、困難に思われて、フクナガは早々にそれを諦める。 「………にしても、本当に、まだるっこしいわ」 なんとか復活することが出来たのか、フクナガは突っ伏していた身体をノロノロと持ち上 げると、自分にこれだけのダメージを与えてくれた相手を恨めしげに睨んだ。 「さっさと籍でもなんでも入れりゃあいいのよ。そうすれば、少なくとも虫除けになって、 あんただって気楽なんじゃないの?」 揶揄うつもりの、軽い冗談のようにして言ったつもりだったのだが。 「まあ、そのうちな」 返ってきたのは、意外にもそんな一言。 そのうち、ってどのうちだよ、てゆーか、そういうことはもう了承済みか? あんたらつ まり、そういう関係だってことを暗に認めてるわけ? そうだったわけ? とフクナガは突 っ込んでやりたくなったが、突っ込みどころが多すぎて言うべき言葉見つからない。 結局口にしたことは。 「なによ、あんた、あの子一人幸せにする自信も覚悟もないわけ?」 「いや、そういうのは、お互い様の問題だろ」 「へえーえ? そういう割には甲斐性がなさ過ぎるんじゃない? あんた本当に男なの? ちゃんと、付いてるわけ?」 視線が、自分の下半身に向けられていることに気づいて、秋山はくくくく、と酷く愉快そ うに笑った。 「おまえに言われると、なんだか妙な感じだな」 どういう意味だ、と睨みつけてくるフクナガを、やはり秋山はさらりとスルーだ。 「まあ、別に籍を入れるのはイヤだなんて言うつもりはないけど」 「けど、なんなわけよ」 「どっちの籍に入れるのか、がな」 「なによ、あんた婿養子でも構わないわけ?」 「別に、どっちでも。形なんてどうだって、中身は同じだろ」 「………あんたって、何も考えてないんだか、大物なんだか、ホント、わかんないわ」 +++三回戦のどっかで その3+++ 「って、アキヤマは言ってたけど? あんたはどうなの?」 「ええ!? こ、困ります!」 ほほう、アキヤマは乗り気だったけど、こっちは案外とまだそこまで気持ちは行ってない ってことか。 一人で盛り上がってるってわけ、あいつ。 フクナガは直の反応に一人北叟笑む。 だが、相手が天然記念物並みの少女であることを、すっかり綺麗に忘れていたのだ。 それが、フクナガの敗因だったのだろう。 「困りますよう〜。私。秋山さんが神崎になったりしたら」 「………はあ?」 「だって、秋山さんって、呼べなくなっちゃうじゃないですか!」 「………………あんたね………」 結婚しても、アキヤマって呼ぶ気がアンタは! てか、アンタもアキヤマだろうが! 果たしてここは突っ込むべきなのかどうか。 そんなどうでもいいことで悩むことになった、フクナガの連敗は決定的だった。
既に出来上がってる秋直って………原作はそういう感じじゃないんですよね。 捏造にもほどがありますが、突っ込むには原作フクナガさんでないと! 直ちゃんは、少ししてから、え? 籍って、えええ?! とかやってるんです。 K2ってご存知でしょうか? エベレストに続いて世界第二位の高さを誇る山です。 しかし、その攻略は世界最高峰のエベレストを抜いて、世界一難しいと言われている 山で、登頂を成功させた人もとても少ないそうです。