今日も暑そうですね、と。
 窓から外を見て、そこに元気いっぱいに輝く太陽を見上げて直が言う。
「この夏一番の暑さになるだろうって、ニュースでは言ってたな」
「うわー。そうなんですか!」
 どおりで太陽が元気すぎなはずですね、と溜息を吐きながら、直は窓を離れて部屋の隅にちょ
こんと置かれた可愛らしい箱を開けてごそごそと何かを探し始める。
 そして、小さな薬かなにかの入れ物のようなものを取り出したかと カチャカチャ、と上下に
振り出した。
「どうかしましたか? 秋山さん」
「いや、何をしてるのかと思って」
「あ、これですか? 日焼け止めクリームです」
 ほら、と差し出された容器には、見慣れない文字が並んでいる。
 数字やら、英文字やら。
「このPAとか、SPFって、なに」
 直に返しながら、秋山は気になったことを訊ねた。
 別段知らなくてはならないこととは思えなかったが、やはり知らないままと言うのもなんだか
気持ちが悪かったのだろうか。
「ええとですね、PAっていうのは、確か《プロテクション グレイド オブ UVA》の略字だ
ったと思います」
「ああ、UV、紫外線防止効果のレベル、って意味か」
「はい。横にある+の数が多いほど効果が高いそうです」
「ふうん」
 そんな記号があるのか、と思うと同時に、頭と終わりの文字を取って略字にするっていうのも珍
しいパターンだな、と妙な感心の仕方をする。
「それから、SPFですけど、これは確か、《サン プロテクション ファクター》の略だったと思
います」
「なるほどね、こっちは普通に頭文字か」
「え?」
「いやこっちの話。Sun Protection Factorね、つまり、太陽光、紫外線からの防止効果の数値、
って意味か、分かりやすいね」
「秋山さん、こういうの見るの、もしかして初めてですか?」
 今の会話から、どうやら秋山は日焼け止めに関する情報をあまり持っていないんだなと知った直
は、恐る恐る、といった風に訊ねる。
 秋山はなんでそんなに恐々聞いて来るんだ? と訝しみながらも、とりあえず事実をそのまま応
えた。
「ああ。そういうものに世話になることなんてなかったからね」
「だ、駄目ですよ!」
「は?」
 いきなり大声を出した直に、秋山は何事かと驚いてしまう。
 もちろんそんな表情はまったく表には出さないので、直には秋山がただ、なんだよいきなり、と
言っているようにしか見えなかっただろう。
「だって秋山さん、昼間太陽の下で働いてますよね」
「まあ、そうだけど、それが?」
「だったら、きちんと紫外線対策しなきゃ駄目です!」
「………いや、俺は男だから、別に焼けたって」
「何言ってるんですか! 日焼けを甘く見たら駄目ですよ! 海に行ってちょっと日焼けした、と
かじゃないんですよ? 秋山さん、毎日浴びてるんじゃないですか!」
 物凄い勢いだった。
 それこそ食いつかんばかりに秋山に迫ってくる。
「秋山さん知らないんですか? 紫外線って皮膚癌の発症元だって言われてるんですよ! 皮膚癌
だけじゃなくて、皮膚病になったりする原因だって言われてるのに、全然何にもしてないなんて、
そんなの駄目です!」
 秋山が言い返す隙もあればこそ、直の剣幕の凄まじさに秋山は何も言えない。
 正しくは、言うチャンスを与えられなかった。
「使ってください」
「は?」
「日焼け止め、ちゃんと使ってください!」
「いや、俺は」
「使ってください!」
 じいいいいっと見つめられ(と言うよりも、見据えられている感じだが)秋山は返事に詰まった。
 しかし、仕事の現場で日焼け止めを使っているような者はいないし、そもそも秋山にしてもそう
いったものを使ったことがないので思い切り抵抗がある。
 あるのだが、直の必死のお願い聞いてくれないと泣いちゃいます、な顔を前にして秋山がどこまで
抵抗できただろうか。
「………私、嫌ですよ………秋山さんが癌なんかになったら………」
 陥落だった。
 なにしろ直には父のこともあるので、その口から癌、だなんて言われたら平気だなんて言い返すこ
となど出来ただろうか。
「わかったよ」
「本当ですか!?」
「ああ。とりあえず、今日は仕事は休みだから、これから」
「駄目です!」
 他にも買っておきたいと思っていたものがあるから、ついでに言ってくる、と続くはずだったそれ
は、直の一言によってざっくり切り捨てられた。
「駄目って」
「外は太陽でいっぱいなんですよ! そんなところに出て行ったら日焼けしちゃうじゃないですか」
「じゃあどうしろって言うわけ」
「私が買ってきます!」
「え」
「秋山さんってアレルギーとかなかったですよね?」
「ないよ。じゃなくて」
「じゃ、行ってきます!」
 ついでに夕食の買い物もしてきますね、と元気いっぱいに宣言するや、こんなときばかり妙に行動
の素早い直はカバンを引っつかむと同時に部屋を飛び出して行ってしまった。
 その速さ弾丸の如し。
 ばたん、と閉じられた扉を眺め、秋山は暫し呆然とした後で、はあああああと盛大な溜息を吐く。
 とりあえず、明日から現場でどうやって他の連中からの突っ込みが入らないようにするか、入った
場合にいかにして誤魔化すか、それを考えておいた方がいいのだろうか。
 ころんと床の上に転がった直の日焼け止めを拾い上げ、そんなことを思いながら。
 秋山は窓の外でさんさんと輝く太陽を、少しばかり恨めしげに見上げたのだった。



最近はオゾンホールが出来ちゃって、紫外線の恐怖は正直馬鹿にならないです。 友達には紫外線に当たると皮膚が腫れてしまう子とかいますし。 私もかゆくなりますしね。 土方のお仕事って、絶対危険ですよ! いくら長袖長ズボンでも顔とか出てるし! そして秋山さんはなんだかんだ言いながらも、直の本気のお願い!に負けてきっちり使うのです。 上手いことごまかそうにも、焼けちゃったらばればれですし、直ちゃんは効果がなかったのかと 思って「もっといいもの探します!」なんて言いそうだし。 そのうち、秋山さんのが紫外線に詳しくなりそう。 そんでもって、その恐怖を知り、今度は直ちゃんの紫外線対策に本格的に乗り出しそう。 興味がないとほったらかしだけど、一度関心持ったら徹底的。 秋山さんってそんなイメージ。