「秋山さん!」
「なに?」
「窓から離れて下さい!」
「は?」
  いきなりなんだ、とばかりに眉を潜めた秋山に対して、直は必死の形相で突進したかと思うと、
グワシッとばかりに秋山の腕を掴み、そのままズルズルと窓から一番遠いベットにまで引きずっ
ていった。
「なんだよ、誘ってんの?」
「あ、秋山さん? 顔が近いです!」
「だって君から俺をベッドに連れ込むなんて、天変地異でもない限りありえないと思ってたから
さ」
「だから、違いますってば! そんなんじゃなくて、秋山さん、死んじゃいますよ! あんなに
窓のそばにいたら!」
「死ぬって、なんで」
「だって、あんなに雷鳴ってるじゃないですか!」
「うん、鳴ってるけど」
「秋山さんに雷が落ちちゃいますよ!」
 夜空を切り裂く、真白い閃光。
 引き裂かれそうな鋭い轟音。
 現在、秋山の暮らすマンションの上空には、夏特有の低気圧雷雲が大発生中。
 そして、秋山の暮らすマンションの部屋の中では、神崎直の頓狂な混乱が大発生中らしい。
 なのでとりあえず、一つ深呼吸を。
「………避雷針って、知ってる?」
「知ってますけど?」
「建築基準法33条、は知らないか」
「はい、知りません」
「避雷針がなんのためにあるか、知ってる?」
「雷避けですよね?」
「建築法でね、高さ20メートルを越える建造物には、もれなくその避雷針の設置が義務付けられ
てる。だから、こういう建物の場合、雷はそっちに落ちるから大丈夫なの。分かったかな?」
「でもでも、分からないじゃないですか!」
 相変わらず必死の顔つきで、直は秋山に食い下がった。
「雷さんが、秋山さんのこと気に入っちゃって、避雷針じゃなくて秋山さんめがめて落ちてきた
らどうするんですか!?」
「………まさか君、雷って雲の上で鬼が太鼓鳴らして落としてる、なんて思ってない?」
「違うんですか? だって風神雷神の雷神って、太鼓もってますよね?」
「………真顔でそれ言われたらベンジャミン・フランクリンは泣くしかないね」
「秋山さんのお知り合いの方ですか?」
「知ってはいるね。会うのはちょっと無理だけど」
「はあ」
「で、とりあえず」
「はい?」
「この状況をどうしたらいいのかな? 俺は」
「………………キャー!」



「はいはい、俺が悪かったから」
「………秋山さんのバカー」
「言っておくけど、俺をベッドに連れ込んだのは君だからね」
「連れ込んでませんー!」
 枕投げないでくれないかな、と秋山はそれを見事に片手でキャッチ。
 目的を果たせなかったことに直はさらに頬を膨らませ、そっぽを向いて無言の抗議だ。
 そんなことをされても、本当のことを言ってるだけなんだけどな、と思いつつ。
「いまさら、そんな風に臍曲げられても、こっちの立場がないんだけど」
「何か言いましたか!?」
「いや、別に。ああ。ところで、一つ聞くけど」
「………なんですか?」
 じと、と細められた目が秋山を振り返る。
 ご機嫌斜めでも、きちんと返事を返すところは神崎直だった。
「君さ、子供の頃、お父さんに言われなかった? おなかを出して寝てると、雷さまにお臍取ら
れるぞ、とかなんとか」
「ああ、言われました! もう、すっごく怖くて、雷が鳴るとお布団の中に隠れてました」
「そう………まあ、そうだろうと思ってたけど」
「秋山さんもそうだったんですか?」
「まあ、そうなような違うような………」
「怖いですよね、おへそとられちゃうなんて」
 うん、怖いね、つまりそれって腹から臍を抉り取っていくってことだからね、と言ったらどん
な顔をするんだろうな、と思ったが、思うだけで止めておいた。
「………とりあえずさ」
「はい?」
「くわばら、って言うと雷から逃げられるらしいよ」
「そうなんですか?!」
「雷が、神さまならね」
「え?」
「こっちの話」
「はあ」



 翌日。
 可愛らしいおそろいの腹巻が、秋山家のリビングでお披露目されて。
 家主の秋山深一の眉間に深い深い皺が寄ることになるのだけれども。
 神崎直からのプレゼントを、受けとるか、受け取らないか、使うか、使わないか。
 男の器量はこんなところで果たして測られるもんなんだろうかと。
 呟いた声は、晴天晴れの夏空に、吸い込まれて消えていった。



腹巻は、ピンクとブルー? はたまたブラックとレッド? どちらにしても、絶対模様はハートマークで。 嫌がらせではありません。直ちゃん、大真面目ですから! 秋山さん、似合いますね! 大宰府に流された、菅原道真公が死後、雷神と化して復讐を遂げたという伝承の中で 彼の故郷だった桑原には、雷を落とさなかった、とうい言い伝えから 雷を避けるおまじないとして「桑原桑原」と言うようになったそうです。 それが転じて、災いがわが身に落ちぬように、とこの呪文を唱えるようになった、とか。 これには諸説あるので、なんともいえませんが、一番有名な説を。 ベンジャミン・フランクリンは、避雷針の発明者です。 同じような研究をしている人は他にもいたようですが、一番有名?かな。 雷が鳴っている中にタコを揚げて、雷雲に電気が生じていることを証明した、とか そんな実験をした人だと小学生のころの漫画偉人伝、みたいな本で読んで その印象がものっそ残ってます。すごいな、おじさん!という感じで(笑) 秋山さんは心理学専攻なので文学部だと思いますが、 でも、帝都大学はきっと国立(お母さんに負担をかけないために私立は選ばない)なら 私大のように科目を限定しての受験は無理なので、全科目優秀なんですかね。 心理学は数字の世界でもなるので、絶対理数は強いはずです。 法律関係・経済関係も強いだろうなあ。マルチ潰しのためにも。 スポーツとか上手そうだし、家庭科(笑)関係もそつなくこなしそう……… もしかして、絵に描いたような「神は四物も五物も与えちゃったヒーロー」?(笑) 卒論に何を書いたのか気になる………