可愛らしい果物の絵が描かれた浮き輪をつけて、ぷかぷかと流れるプールを楽しんで いる深悠の傍らには、慧がしっかり付き添って。 さらにはその二人の傍にはばっちりとハセガワ氏が付き添っており、三人一緒に流れ に沿って移動していく。 深悠はすでに流れることに大はしゃぎで、慧は深悠がうっかりと浮き輪から抜け落ち たりしないように気をつけながらも、やはり子供らしく楽しそうに流れに身を任せてい つになく笑顔を浮かべていた。 そこまではいいのだけれども。 二人の子供の傍らで、その保護者よろしくがっつりとついて離れないハセガワ氏もこ れまたなんとも言えないくらいに、笑顔満面だ。 この男がこんな顔をしているところを、かつて彼のために辛酸を舐めさせられた者や 破滅に追い込まれたような者たちが見たのなら、良く似た別人だと言い張り、けして当 人であることを認めなかったであろうことは疑うべくもなかった。 それくらいに、いわゆる『別人28号』と称すべき代物だったのだが、それに対して唯 一突っ込みの可能な人間である秋山深一氏は、すでにそうしたことを一切合財、放棄し ていたので、どこからも問題を提起する声は上がらずに終わる。 (落ち着け俺。最初から分かっていたことだろ。あの男が直や慧や深悠にとことん甘い ことも、それが乗じて当人のキャラをすっぱりと潔く路線変更したことも) 極めて冷静にそう自分の取るべき行動をコントロールしてみせているように思わせて おきならが、本当のところかなりテンパっているらしい彼は、最終的にやっぱり来るん じゃなかった、という思いがどうしても拭いきれずにいた。 けれども。 いかんせんお子様たちは大喜びで(血縁関係はまったくないが)おじいちゃんとのプ ール遊びにすっかり夢中であったし、愛する妻はこの夏に新調した水着をやっと着れる ことにこちらも大満足で、なおかつ秋山にそれを披露できたことでさらに嬉しさ倍増で あるらしく先ほどから笑顔が絶えない………という状況下におかれてしまうと、まあ、 たまにはこれくらいいいか、と思ってしまうのだから人間とはなんとも単純なところが ある。 要するに、直が良くて子供たちが良いのなら、それでオールオッケー、お父さんはい つだって一番我慢する立場に立たされるもんなんだよな、で決着が着くのだ。 「おじーちゃん、泳ぐの上手だね」 「これでも若い頃には水泳の選手として大会に出場していたからね」 「選手? うわー、すごいなあ」 流れに任せて流れながらも、しっかりと日本古式泳法による立ち泳ぎをみせるハセガ ワに、深悠と慧が同じ様な顔で感心しきりの顔をみせる。 それを見る限り、彼がどんな大会に出場していたのかを少々問い質したい衝動が生ま れないでもなかったが、残念ながら幼い二人にはハセガワの上半身を水面上にきっちり しっかり直立不動の状態を保った立ち泳ぎにただただ感動していた。 二人の父親がこれを聞いていたのなら、すかさず突っ込みを入れていただろう。 生憎と、彼が座しているパラソルからでは少々距離がありすぎて、ハセガワの言葉は 聞こえていなかったけれども。 「凄いですね、ハセガワさん。シンクロみたいです」 「………まあ、そうだね」 直は水面上に上半身の出ている状態を子供たちと同じく感動し、おまけにその姿を見 てテレビで目にしたことのあるシンクロナイズドスイミングと重ねているらしいことに 思わず深一が思考を一瞬遮断していたことなど、勿論言った本人は微塵も気付いていな かった。 彼女がどんな想像をその頭の中に思い浮かべていたのかは定かではないが、深一は、 ついうっかりとよくあるシンクロの選手の姿が、ハセガワのそれを被ってしまいそうに なり、それ以上の想像をシャットアウトせずにはおれなかったのだ。 プールに遊びに来ているだけであるはずなのに、彼の精神的な磨耗度は素晴らしいも のがあった。 いやもう、本当に。 寿命がすでに十年分くらい縮まっているんじゃないかとさえ、思うほどだ。 「深一さん、眉間に皺が寄ってますよ?」 「なんでもない」 直がどうしたんですか? と心配そうに覗き込んでくるので、うっかり崩れてしまっ ていたらしいポーカーフェイスを取り戻し、深一は平然とした声で応じる。 ついつい、本音がだだ漏れしてしまっていたらしいことに、ぐっと気を引き締めた。 もっとも相変わらずプールをふよふよと流されていく三人の姿を見ると、ぐらり、と 眩暈が襲ってくるのはどうにもならない。 「お二人とも、飲み物など如何ですか? 暑いですから水分の補給は必要かと思います が」 そこに、夏なのにその格好はどうなんだ、と突っ込みたいほどいつもと同じぴったり とボディラインに沿った黒尽くめのスーツ姿をしているエリーが声をかけてきた。 「あの、エリーさんは泳がないんですか?」 「本日は秋山家の皆様がゲストです。私はあくまでもホスト側の者ですので」 「そうなんですか」 直はちょっとだけ残念そうな、でも少しほっとしたような表情をみせる。 そのことには気付いていたけれども、エリーはニコリと直に笑いかけた。 「それで、飲み物はなにかご希望がございますか?」 「ええと何があるんでしょうか?」 「なんでもご要望とあればご用意いたしますが」 さらりと言ってくれるエリーだったが、本当にどんな無茶を言っても用意してみせる に違いない、と深一は思っていたし疑ってもいない。 どうせだからとんでもない無理難題を突きつけてやろうか、とも思ったけれども、そ れは恐らく完璧にリクエストに応える、という形で逆襲されるだろうことも分かってい ので、そんな失態を犯すつもりもなかった。 「何でもと言われると逆に困っちゃいますね………お勧めとか、ありますか?」 「そうですね、季節に合わせてトロピカルジュースなど如何でしょう」 「あ! それがいいです! あの、四つお願いしてもいいですか?」 「かしこまりました」 直がぱあっと顔を明るくしてお願いをすると、エリーは恭しく一礼してその場を離れ 取り出した携帯を取り出した。 おそらく、何処かに注文を伝達しているのだろう。 「おい、四つってことはその計算に俺も入ってるってことか?」 「はい。皆で飲みましょう! きっと美味しいですよ。エリーさんのお勧めだし。それ に果物ならビタミンが豊富ですよね。紫外線対策にはビタミンがとってもいいんです! 深一さん、肌が白いし、焼いちゃうと赤くなっちゃうし、その対策も兼ねて、トロピカ ルにビタミンです!」 ニコニコと笑顔で直がそう言ったときだった。 「確かに秋山君は些か色が白すぎますね。頭脳派だと主張するのは結構ですが、多少は 運動もした方がいいのではありませんか? 年を取ると筋肉の衰えはすぐに出てきます からね」 「………どうしておまえがここに居るのか、それをまず説明してもらいたいところだが その前に一言、これだけは言っておく。貴様が今言った言葉、そっくりそのまま熨斗つ けて返すぞ。そもそも、それを貴様に言われるほど心外なことはねぇよ。この、うらな り野郎」 「おやおや、随分な言われようですね。口の悪さにますます磨きがかかっているんじゃ ありませんか? あなたも大変な男を夫にしましたね、直さん」 「ヨコヤ。おまえ、まだ性懲りもなく俺に叩きのめされたいのか」 二人が座っていたパラソルの背後に現れたのは、恐らく間違いなく、秋山深一にとっ て相性最悪の存在であろう、ヨコヤノリヒコ氏。 エリーがそうであるように、こちらも相も変わらず上から下までびっしりと白尽くめ の格好でスーツなんぞを着込んでいる。 思い切り、夏の風景にもプールサイドにも似合わない格好の出で立ちであり、その風 貌でもあったが、当人は些かもそれを慮ることもないようで、涼やかな顔をしてそこに いた。 -つづく-
すみません、相変わらずプロットたてた意味ないじゃん、な感じに 話が長く………ぐは(吐血) ところで、エリーって恵里衣とか、表記するんでしょうか。 実は恵理でエリーは愛称とか。エリカの愛称とか。 エリーさんの実年齢は謎ですが、直のお姉さん的に考えております。 ので、子供たちにもエリーはおねーさんです。 おばさんなんて呼びません。(呼ばせません?) ヨコヤさんはおじさんです。まあ見た目もあるんですけど 秋山家の主の陰謀により、おじさん決定です。 まっしろしろすけおじさんです。