■真夜中の深海魚
ふと、何気なく向けた視線の先に、この場には実に似つかわしいとは言い難い人が立っていた。
およそこの世の悪意の全てを集めて降り注いでも、ほんの僅かの汚れすらその身には受けない
かとも思わせてくれた、懐かしい横顔。
その内面をそのまま現したような白いワンピースが、夜の蒼い闇に鮮烈に浮かび上がり視線を
逸らせない。
お人よしですぐに人を信じる人だけに、また良からぬ連中に騙されて連れて来られたのかと、
そう思ったのだが、それは杞憂であったとすぐに気付いた。
彼女の隣には、彼女を守る騎士よろしく立つ、あの男がいたからだ。
そして、よくよく見れば、彼女の表情も柔らかな笑顔が溢れていて、隣に立つ男に何か話し掛
け、何を言われたのかさらに微笑みを深めてみせたその顔は一目でとても幸せであることを見る
者に教えている。
彼の方は相変わらずの様子で、はっきりしたものは何も見せてはいないが、遠目にもあの頃の
彼からは想像し難い柔らかな笑みを浮かべた口許が見て取れた。
どうやら、他にも同行者が一緒らしい。
見覚えのある顔ぶれが、二人の周囲を取り囲んでいた。
そこで、不意に気がついた。
考えてみれば、あれからちょうど、一年が過ぎ去ろうとしているのだ。
彼女は一年前と少しも変わらないように見える。
だが、彼女の手には小さな、しかしよく似合う可愛らしいブーケのようなものがあった。
そして、寄り添う彼の姿もまた初めて目にするスーツ姿で、周囲に集う者たちの出で立ちも、
あの時とはまるで違う実にそれらしいものを身に纏っているようだ。
ああ、なるほど、そういうことですか。
すべてを一瞬で理解したとき、何故だか自分にも皆目その理由は分からなかったのだが、酷
く安堵している自分がいることに気付いてしまった。
心から安堵し、そして喜んでいる自分に。
何が嬉しいのか、それさえも分からないのだけれども。
けれど確かに、私は喜びもし、安堵してもいた。
あの時には見ることのなかった、綻ぶような笑顔を浮かべた頼りなげに見えて、本当は誰よ
りも芯の強い少女と、私が永遠に見ることはないだろうと思っていた穏やで満たされている表
情をみせた彼の、その姿に。
どうしてこんなに、心が揺さぶられるのか。
ふと気付けば、白いドレスの裾がふわりと揺れて、傍らの彼の腕に守られながらその背中が
蒼い闇の海の中へと消えてゆく。
後に残るものは、いつもの夜と同じ、さざめくような秘密めいた音の潮騒。
小さく息を吐いて、けれど視線はもう見えなくなった背中を見つめ続けてなぜか、そこから
動けない自分が不思議でならない。
今日、此処で彼らの姿を、その未来をも垣間見たのは運命の悪戯であったのか。
それとも。
心優しい彼女からの、私への贈物であったのか。
そんな風に思う自分に自分で笑ってしまうけれども、浮かんだ笑顔は皮肉めいたものではな
く、妙に心穏やかなものだと分かってしまう。
果たして、今宵の出会いがそのどちらによって齎されたのか、どちらともつかぬまま。
私もまたゆっくりと、夜の闇の海の底へと泳ぎだす。
流れる鮮やか過ぎるイルミネーションの耀きが揺たうような、偽りと真実を織り交ぜて封じ
込めた、夜の海へ。
-End-
ドラマ版のヨコヤンを初めて書いてみました。
時間軸は、三回戦終了後、四回戦は行われず、一年が過ぎた、という感じです。
ドラマのヨコヤンはあの後どんな目に合わされたのかさっぱりなので、いいように捏造。
彼のようなタイプの人間は、どんなに浮上しても、ある一定以上のラインから先には
どうしても上がりきれないのではと。
ただし、直ちゃんと、そして秋山さんのお陰で、人間としては浮上してるかなーなんて。
かなり甘い考え方ですね。
私は直ちゃんのようにはなれないので、絶対善の思考では人を見れません(うわあ)
なので、ヨコヤさんは、浮上してはいますが、住んでいる世界はやっぱり夜サイド。
秋山さんもあとちょっとで夜サイドに踏み入るところを
直ちゃんに太陽の下へと引っ張り出してもらえたんですよ! よかったね!
………いや、これはヨコヤさんの話でなかったか?(笑)
習作であまりにヨコヤンを苛めてしまったので、せめてものフォロー。
でも、習作で苛めたのは原作版の彼なので、あんまりフォローになってない。
あららん。