■日曜日はご一緒に 後
工場長に客だぞ、と言われてエトウが最初に思ったのは、客って誰、だった。
友達や知人は確かにいるにはいるのだが、こんな所にまでわざわざ足を運ぶような付き合いの
ある奴がいるかと自問するまでもなく、誰も思い付かない。
まさかまた、フクナガか、という予想もちらっと脳裡を過ぎったが、すぐにそれはないよな、
と全面否定した。
今の自分は借金もないが持ち金も雀の涙程度の侘しい懐事情で、それについてはフクナガもよ
く知っているはずであるから、カモにする材料もなければそもそも金もない自分に会いに来る理
由がないのは明らかだったからだ。
では誰なのか。
疑問は最初に巻戻る。
まさか、またLGT事務局の誰かが?
ふと過ぎったものに、まさか、とぶんぶんと頭を振って必死に否定した。
あのゲームから自分はすでに完全に離脱しているのだ、あの優しい少女のお陰で。
そう言えば、あれっきり一度も会っていないし、ゲームから途中退場してしまった自分とはな
んの繋がりもなくなってしまったので、彼女がその後どんなことになったのか知らないことを、
改めてエトウは思い出す。
無事でいるのだろうか、あんなゲームを続けていて。
そう思うのだが、きっと大丈夫だろう、とも思う。
彼女の優しさは彼女を追い詰めることにも繋がる危険を感じさせたが、それでも、きっと大丈
夫に違いないと思えるのは、その隣にあの男がいるからだ。
すべてを見透かすような冷めた目をした、正直言って苦手な存在だったが、少なくとも彼女は
誰よりあの男を信頼していたし、あの男もまた彼女の信頼を裏切ることのないだけの力を持って
いた、と思う。
そこまで考えて、そんな場合ではなかったのだ、とエトウは我に返った。
結局、誰が自分を訪ねてきたのか。
思いつく誰もが在り得ない相手ばかりで、かといって思い付けない相手をどうやって想像しろ
というのか。
いくら考えたところで答えなど見つけることは不可能だった。
手っ取り早い方法は一つだけ。
早い話が直接会いに行けばそれで済むのだ。
仕方ないか、とのろのろ足を動かして外に出る。
時間にしてみたらほんの僅かのことだったのだが、当人としてはかなり悩んだ上での行動だっ
た。
とりあえず、予想外の相手でもいいように、エトウは帽子を取りやや俯き加減に建物を出る。
さあ、誰だ。
気合いを入れて、顔を上げれば。
「随分としおらしいな、エトウ」
我が目を疑う、とは正しくこの今の状況を指し示している言葉に違いない。
もしも、LGT事務局の連中がそこに立っていたとしても。
絶対にこんなに驚いたりはしなかっただろう。
だって、まさか、どうして。
「ア、アキヤマ? なんでおまえがこんな所にいるんだよ!」
「声がでかい」
眉間にわざとらしく深い皺を寄せてみせた相手、秋山深一は記憶にあるものと大差ない無表情
な顔でエトウを見ていた。
まったくの予想外、穴馬どころの話ではない。
直接何かをされたかと言うことはないのだが、敗者復活戦で票を買いに行ったときに秋山から
向けられた侮蔑と憎悪すらも感じられた冷たく鋭い眼光が今をもってなお脳裡にこびり付いてい
て、どうしても気持ちが落ち着かないのだ。
だが。
「あれ? エトウさん?」
ひょっこりと、秋山の背後から上半身を横に折り曲げる恰好で姿をみせた相手に、一気にエト
ウの張り詰めたような緊張感が解けた。
「うわー! お久しぶりです! 敗者復活戦以来ですよね? うわあ、お元気そうでよかった!」
あまりのことに、エトウは言葉を忘れてぽかんと口を開けたままにこにこと笑顔を向けてくる
相手を見つめるしかない。
秋山の登場も驚きだったが、まさか彼女、ついさっき思い出していた彼の命の恩人でもある神
崎直、その人が現れるなど驚くどころの話ではなかった。
「あの? エトウさん?」
まったく反応がないことに不思議に思ったのだろう。
直がちょこんと首を傾げてエトウに一歩近付くとその顔を覗き込んできた。
いきなり狭まった距離に、はっとようやくエトウは自分が置かれている状況を飲みこんで呆然
としている自分を現実に引き戻す。
「あ、ああ、本当に久しぶりだね、ナオちゃんこそ元気そうでよかったよ。………あー、秋山も」
とってつけたように言わなくても、別にいいんだぜ? と言いたげな視線をうっかりと見てし
まった秋山か向けられて、エトウはひやりと背中が冷たくなった。
どうも、こいつは苦手だ。
そして明らかに、秋山は自分を好ましく思っていない、というか嫌っている。
原因はなんとなく、分かるような気がするのだけれども。
「ナオちゃんは、ナオちゃんたちは、あれからどうしてたんだ? ゲーム、二人とも三回戦に進
んだんだろ? もうそれは終わったのかい? それに、どうしてここで俺が働いてること、分か
ったわけ?」
「ええとですね、三回戦は、終わりました。皆で引き分けにして、誰も負債を負うことなく終わ
れたんですよ!」
にこにこと嬉しそうに笑顔を浮かべて報告する直に、エトウは思わず笑顔を返してしまう。
「そっか、良かったな。またナオちゃんが頑張ったんだ」
「違いますよ! 皆さんが一緒になって協力したから出来たんです。皆で頑張りました」
「そうか。でも、直ちゃんも頑張ったんだろう? そっか、引き分けか」
「はい!」
「だけど、それってさ全員で四回戦に進むってことじゃないのか?」
「そうなんですけど、でも、大丈夫です。皆でまた協力して行きますから」
にこにこと心配そうなエトウに直は笑いかけて、だから三回戦に進んだ皆さんとは、ちょくち
ょく連絡取り合ってるんです、と教えた。
「へえ、皆すっかり直ちゃんの虜なんだな」
「な、なに言ってるんですか! 違いますよ!」
もう、ヘンなこと言わないで下さい! と直は真っ赤になって抗議するので、エトウは思わず
可愛いよなあ、と思いながら笑ってしまう。
途端に、ざくざくと遠慮なしに突き刺さってくる視線を感じて、エトウはずわっと背筋が凍り
額から冷や汗が流れて、悪寒に襲われた。
しまった、あいつもいたんだっけ。
うっかり忘れそうになっていた事実に、エトウはひく、と頬を引き攣らせた。
もちろん直はそんなことにはまったく気付かず、にこにこしている。
「でもよかった! エトウさん、元気で」
「うん、まあ、なんとかこうやて仕事も見つけて真面目にやってるよ。直ちゃんに、助けてもら
ったんだから、頑張らないとな」
「私は何もしてませんよ」
直が笑って話しかければかけるほどに、突き刺さる視線がさらに鋭くなってくる。
やばいなあ、と思うのだが、直の笑顔を見ていたい気持ちもあって、エトウは文字通り板ばさ
み状態だ。
「そ、それでさ、なんで此処が分かったわけ?」
さらに言えば、なんで会いに来てくれたんだ? 秋山付きで、と続くはずだった言葉は、音には
ならなかった。
「フクナガが、おまえの居場所を教えたんだよ、こいつに」
「え? フクナガさんが? いつですか?」
突然話に入ってきた秋山に、きょとん、と直が見上げて聞いてくる。
それを聞いて、はああ、と大きな溜息を吐いた秋山は、直が持っている地図を示した。
「そこになんて書いてある」
「え? ええと、K.E、ですけど」
「で、こいつの名前は?」
「エトウさん………ですよね」
ここで、秋山もそしてエトウも気付いた。
直はエトウの下の名前をちゃんと認識していなかったのだ、と。
これでは直にフクナガの作戦を気付けと言うのは無理な話だな、と秋山は笑い出しそうになるの
を堪え、ただニヤリ、とだけ口の端に笑みを乗せる。
一方エトウはと言えば、直が自分の苗字しか知らなかったのか、という事実にやや落ち込んでい
たのだが、当然直は二人の反応の意味など気付かない。
「あのね、ナオちゃん、俺さ、コウイチっていうんだよ、名前」
「え? あ………あ!」
ここでやっと、直もフクナガが地図に施した遊びを理解した。
「じゃあ、秋山さんは知ってて連れ来てくれたんですね!」
「仕方ないだろ、おまえ、行きたがってたし」
「ありがとうございます」
ぺこり、と秋山に頭を下げて、それからエトウに向き直る。
「エトウさんに会えてよかったです。フクナガさんにお礼言わなくちゃ」
「そっか、キノコ………じゃない、フクナガの奴が………」
ここは感謝するべきなんだろうか、とエトウは悩んだ。
少なくとも直に再会できたのは嬉しいことで、それについては感謝するのだが。
「あいつの、まあ、実にあいつらしい厚意ってやつだろ」
それに秋山が附属しているのはまったく嬉しくなかった。
端的かつ明瞭な秋山の説明の、言葉の端々になんとなく刺があるように感じるのは、気のせい
なのだろうか。
秋山はあくまでも無表情で、底意はまるで読めない。
しかし、エトウは本能で自分が秋山からの否定的ななにかを向けられていることを、はっきり
感じていた。
それはあの敗者復活戦で、票を買いに行った時に向けられた冷徹なものとはまた違う、より感
情的ななにかも感じさせるもので。
(ああ、もしかしてこいつ)
だがそこで、不意にエトウは気付いた。
秋山がここまで不機嫌なその、理由とはもしかして。
「元気な姿が見れて、安心しました」
「ナオちゃん、達も元気そうでよかったよ。今日はデートかなんか?」
裏返りそうになる声を、なんとか制してエトウは答える。
「ち、違いますよ! 私の買い物に秋山さんが付き合ってくれてるんです!」
それを、世間一般ではデートと呼ぶのではないのだろうか、と頬を赤くして必死に否定する直
を見ながらエトウは思った。
さらには、この調子では秋山の苦労はいかばかりかと余計なお世話と知りながらも思ってしま
う。
本当に余計なことだったが。
「おい、これからその買い物するんだろ」
「あ、はい、そうでした。じゃあ、そろそろ行きますね。エトウさん、お仕事中にお邪魔しちゃ
てすみませんでした。また今度ゆっくりお茶でもしましょう?」
「うん、そうだね。聞きたいことかたくさんあるし、今度時間のある時に」
そこまで言って、ちらっと彼女の背後に立つ秋山を見たエトウは、噴き出さずにいられた自分
を褒めてやりたくなった。
それくらいに、彼が見た秋山の表情は面白いものだったのだ。
少なくとも、エトウにとってはそうだった。
おまえが、そんな顔すんのかよ。うわ、信じられねー! つか、やっぱそうかよ、それでおま
え俺に対してさっきから刺出しまくりなわけか。おまえ、クールに見えてけっこうアレなんだな。
以上、エトウ脳内独白だったが、まるでそれが全部聞こえていたかのように、秋山の顔にはま
すますもって不機嫌な表情が広がる。
「エトウさん?」
「いや、なんでもない。ホントに今度、御飯でも一緒に食べよう。是非、秋山君も一緒に」
「そうですね! そうしましょう! ね! 秋山さん!」
さあ、どう応える?
エトウが興味津々の顔で伺えば、秋山はさっきまでの表情を綺麗に消し去り、いつもの無表情
なそれで、淡々と応じた。
「まあ、チャンスがあればな」
「はい!」
本当に、エトウは笑い転げたくなるのを必死に堪えるのに大変だった。
これ以上ないくらいに、珍妙なものを見てしまった気分だ。
「じゃ、失礼します。エトウさん、元気で頑張って下さいね」
「おう、ナオちゃんと、秋山君も元気でな」
わざと付けた二人称に対して、秋山は表情一つ変えずくるっと踵を返して工場を出て行くべく
歩き出してしまう。
慌てて直はエトウにぺこり、と頭を下げると、待ってください秋山さん、と言いながらその背
中を追いかけて小走りに駆け寄っていって、二人の姿はすぐに見えなくなった。
なんだか、ちっとも変わらない二人だなあ、と思いながら、江藤は帽子を被り軍手をぐいっと
手に嵌め直しながら、自分も仕事に戻るために踵を返す。
本当に、そのうち食事に誘ってみようか。
連絡先は聞き損ねたが、それはフクナガに聞けば分かるのだし、どうせならあのキノコも一緒
に誘えば面白いことになりそうな気がするし、と秋山が聞いたら怒りそうなことを考えつつ、エ
トウは空を仰いだ。
良く晴れた青がそこに広がっていた。
今日はいい日だ。
にこりと、まるで直のようにエトウは笑ったのだった。
「あ!」
「なに?」
「うっかりしてました」
「なにが?」
「エトウさんの連絡先、聞き忘れちゃいました。お食事、一緒にしようって言ったのに」
「………」
「あ、でもフクナガさんに聞けば分かりますね、きっと」
「………………」
「そうだ、お礼も兼ねてフクナガさんも一緒に誘いましょう!」
「………………………」
「あの、秋山さん?」
「………………………………」
「お肉が、みじん切りになってますけど………?」
-END-
曜日シリーズ、日曜版、後編です。
のっけで「K.E」についてばらしましたが、分かっていただけたでしょうか?
K.E、すなわち、エトウ コウイチさんのイニシャルでした(笑)
フクナガさんは、直ちゃんはともかく、秋山さんは絶対会いたくない相手だと
分かっていて、教えてあげたわけです。
彼の策略は見事に当たったことになりますかね?
エトウさんの性格や喋り方が、いまひとつドラマを見返しても安定させられませんでした。
外見に反して、けっこう優しい喋り方をするような気がしたんですけれど。
イメージが違ったらスミマセン。
キノコ、いえフクナガさんのような明確な特徴の印象がなくて。ごめん、エトウさん!
最後のシーンは、二人でお昼をしているファミレスでの光景です。
秋山さん、お肉がサイコロステーキ通り越してみじん切り状態です。
そんなにイライラしてると胃を壊しますよ。
ドラマ版の彼は、淡白で何事にも素っ気無い感じがするんですが
一端決めたら絶対すごい情熱的とうか、執着するというか、独占欲丸出しというか
そういう人だと思うんですよ(笑)
めっさ感情的で情熱の人であると思うので。それを、自己コントロールで制御しているだ
けで、逆に言うとこういう溜めるタイプは、ブッチ切れると大変そう。
だけど直ちゃんがほにゃんな天然さんなので、ぶつかっていってもやわらーく
クッションキャッチしてくれそうな。
………………妄想が暴走して崩壊起こしてます。スミマセン。
秋山さんは直ちゃんに、振り回されていればいいのさ!
いずれ、ヒロミさんなんかも出てくる話を書きたいですね。
曜日シリーズ、全部制覇なるでしょうか?