■南瓜と包丁とあなたと私  
  
 直と秋山が、秋山のアパートの近くにある商店街に揃って現れるのは、近頃良く見かける風景
となっていた。
 二人の年齢にかなりの幅があるので、兄妹なのだろうか、あるいは年の離れた夫婦なのか、と
思われていたのだが、秋山さん、と直がそう呼ぶことからどちらも外れであり、恋人同士という
ものなのだろう、と思われているらしい。
 年の差カップルが珍しくもなくなってきた昨今、些か御年を召した方々も世間の変容には随分
と柔軟に対応ようになってきたようで特に奇異の目を向けることもなく、むしろのほほんとした
雰囲気の直とそれを見守る秋山の構図を温かく見守っている風情もあった。
 そんな二人が、今日も今日とて夕食の買出しに仲良く商店街を歩いていく。
「雨上がって良かったですね」
「気をつけろよ、地面が滑りやすいから」
「大丈夫ですよー」
「って、言ってる傍から」
 つるり、と足許を滑らせて後ろに転びそうになった直を、がしっと秋山は掴んで止める。
「す、すみません………」
「もう少し、落ち着け」
「はい………」
 しゅん、として俯いた直に、秋山は溜息を一つ吐いたが、それ以上は何も言わずにすたすたと
歩き出したので、慌てて直もそれに続いた。
 少し時間が遅かったのか、商店街が一番混みあう時間はどうやら過ぎているらしく、店の中を
見るのにあまり苦労もない。
 直は、今日はなんにしようかしら、と直は店に並ぶものを見回す。
「秋山さん、何か食べたいものありますか?」
 毎回聞いていることなのだが、直は秋山に声をかけた。
 すると、彼が八百屋の前で足を止めて何かをじっと見ていることに気付いて、何を見ているの
だろう、とその視線を追ってみる。
「………カボチャ?」
 秋山さん、好きだったのかしら、と思いながら近寄ってそおっと覗き見ると、秋山は懐かしそ
うな視線を深い緑色をしたそれに注いでいた。
 もしかしたら、と直は思った。
 もしかしたら、お母さんの記憶と重なるものがあるのかしら、と。
 でもそれを秋山自身に問いかけることは躊躇われて、直は少しだけ考え込んだ後で、何も言わ
ずにすいっと手を伸ばしたかと思うとカボチャを一つ、手に取った。
「秋山さん、今日はカボチャのうま煮にしましょう!」
 少し驚いたような、珍しい顔をした秋山が直を振り向く。
 あ、珍しいものみちゃったな、と思いながら、にこ、と笑って直はそのカボチャを店の主人に
お願いします、と手渡し財布を引っ張り出した。
 ついでに、とトマトやナス、きゅうりなども一緒に買い求めて、随分とたくさんになってしま
ったそれを持ってきたバッグに入れてもらうと、直は小走りに店の前で待っていた秋山の下へ戻
る。
「お待たせしました!」
「………おまえさ………」
「はい?」
 見上げてくる直の笑顔に、秋山は言いかけた言葉を忘れた。
 そのままただ、無言でじいっと見つめてくるものだから、直はなんだどうしていいやら居た堪
れなくなってしまう。
「あの、秋山さ………」
「買い物、終わり?」
「え、あ、はい!」
「じゃあ、帰ろう」
「え?」
 持っていたバックを直の手から引き取って、それを持ったままくるりと踵を返して歩き出して
しまった秋山に、直は一瞬ついてくのに遅れた。
 が、遠くなっていく背中にはっと我に返り、慌ててバタバタとその後を追いかける。
 なんだか、こういう場面が前にもあったなあ、と思い返しながら追いつくと、心なしか秋山の
歩調が少しだけ緩んだ気がした。
「秋山さん」
「なんだ」
「カボチャのうま煮、好きですか?」
「生煮えだったり、焦げてなければな」
「大丈夫です! それは任せてください! しっかり見張りますから!」
 だから平気ですよ、心配ありません、と胸を張る姿に。
 それって、カボチャが煮えるまで鍋の前に仁王立ちするつもりか? と思い、その様子がその
まま想像できてしまった秋山は、飛び出しそうになった失笑を喉の奥に押し留めるのに大変苦労
していたのだが、直がそれに気づくことはもちろん、なかった。





「じゃあ、さっそく御飯作りますね」
「ああ」
 アパートに戻って、秋山からバックを受け取った直はキッチンへ小走りに急ぐ。
 その背中を見送ってから、秋山は居間に足を向けた。
 読みかけになっていた本でも読むか、と思ったところで、秋山は突然音でもしそうな勢いでは
っとしたように台所を、すなわちそこに立つ直を振り返った、かと思うと。
「………待て!」
「? 秋山さん?」
 いきなり手首をがしっと掴まれて、直はどうしたんだろう、と言わんばかりの顔できょとんと
そんな秋山を振り仰いだ。
 が、その直の手首を握っている秋山の方はそれどころではない。
 恐ろしいものを見てしまったかのように、直を睨み付けんばかりの目で見下ろしている。
「おまえ、今、何をしようとした」
「え? カボチャを切ろうと思ったんですけど」
「それでどうして、両手で包丁握りしめて、振り上げてるんだ?」
「だって、すごく固いんですよ、このカボチャ」
 このカボチャではなくて、カボチャってのはみんな固いもんだろ、と秋山は突っ込みたかった。
 が、とりあえず直の手から包丁を取り上げることを優先する。
 直は、なんとまな板の上に置いたカボチャに向かって、さながら日本刀で対象物を一刀両断でも
するかの如くに、包丁を両手で握って大上段の構えを取っていたのだから、秋山は滅多にないこと
にやや青褪めてすらいたかもしれない。
「おまえ、もしかして初めてなのか、カボチャを扱うの」
「いえ? そんなことありませんよ」
「じゃあ、今までもこんなことしてたのか」
「えーとですね、実は、丸ごとカボチャを買ったのは初めてなんです。丸ごと一個買っても、いつ
もい余っちゃうので最初から半分とかに切り分けられているのを買ってました」
 ああ、なるほど、と秋山は納得する。
 半分であれ切ってあるものならば、柔らかな実の内側から包丁を入れれば多少の力はいるにして
もここまで無茶はしないで済んだはずだ。
「あの、秋山さん?」
「これは俺が切るから、ちょっと待ってろ」
「え、でも」
「いいから、そこで待ってろ!」
 自分でやりますから、と言い出しそうになるのを事前に防いだ秋山はカボチャ相手とは思えない
気合で直を目で制した。
 あまりの剣幕に、直もそれ以上は何も言えなくなって、はい、と素直に秋山の言葉に従う。
 でも、どうしてカボチャを秋山さんが切ってくれるのかしら、と不思議そうに首を傾げながら。
 その様を横目に見て、秋山はただただ、脱力しそうになるのを堪えるのに必死だった。
 この先、本当にどうしたらいいんだろう、とそんなことを思いながら。






                                                      -END-



南瓜の料理を致しました。
そして思いついたネタです。
本当に、どうしてあんなに固いんでしょうね、カボチャン。
包丁を握り締め、ふと思ったこと。
これ、直ちゃんには切れない、んじゃないかしらと。
そして根性でなんとかしようとしたら、力業しかないわけで、
秋山さんピーンチ!
下手したら包丁の刃が折れて、それが吹っ飛んだらどうするよ!?
とか、妄想してみました。
つまり、前半の買い物シーンは、蛇足と言えば蛇足。
習作にしておけばよかったかなと、やや後悔。
ちなみに、自作の南瓜とエビの香味炒めは成功いたしました。