■車窓の向こうに
「わあ、すごいですね、秋山さん、海です!」
 トンネルを抜けた先で、それまでの無味乾燥な景色を一掃するように一面に広がった青の構図
に、上がる歓声。
 真っ青です、綺麗ですよ! 
 まるで子供のように声を上げて、窓に齧りつく様にして車窓の風景に嬉しそうな声を上げる。
(子供のよう、って言うよりも、子供なんだな)
 カモメです! カモメが飛んでます!
 はしゃぐ姿は、まさに子供のそれだ。
 パタパタと吹き込む風に薄手のサマーカーディガンをはためかせて、それこそ窓から顔を出し
てしまいそうな直に、秋山は無言で手を伸ばした。
 むんず、とその首根っこを掴む。
「秋山さん?」
「おまえ、電車やバスの窓から手や足を出したり、顔を出したりするのはいけません、って習わ
なかったの?」
「え? あ! そうですね、すみません、嬉しくて、私つい………」
 秋山の指摘に、慌てて直は窓から身体を離して椅子にちょこんと座ると、ぴしりと正しい姿勢
を保つように身体をまっすぐにしてしまう。
 素直すぎる反応に、笑っていいやら呆れていいやら。
「別に、窓から見る分にはいいと思うんだけどね」
「あ、そうですよね!」
 そこで一言促してやれば、そそくさと窓側に身体を近づけて、窓越しに再びじいっと青く輝く
海を見つめてニコニコと嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あれ、あれってなんでしたっけ、秋山さん」
「なに?」
「あれです、あれ!」
 ぐいぐい、と腕を引かれて窓の外に見えるものを示された秋山は、直が何を聞いているのかを
確認する。
「ああ、サーフィンか」
「サーフィン! 波乗り、ですよね」
 波を切るようにして跳ねるその姿に、直はきらきらと目を輝かせた。
「怖くないんでしょうか」
「怖いらしいけどね。でも、そのスリルも楽しいんじゃないの?」
「へーそうなんですか。私には絶対無理です」
「だろうね」
「なんでそこで、即答なんですか」
「違う?」
「………違いませんけど」
 ぷう、と頬を膨らませてみせたが、その表情はすぐに元に戻った。
「秋山さんはどうなんですか?」
「俺? ああ、やらないね。ああいうスリルは俺の好みじゃないし」
「そうなんですか? じゃあ、どういうスリルだったら秋山さんの好みなんです?」
 じいっと見つめてくる直のくるんとした目に、秋山は苦笑を浮かべる。
 さて、どう応えたら満足するかな、この子は。
 スリルなんて日常にも色々と案外転がっているものだ。
 ましてや、この天然で突拍子もない娘の相手をしていれば、それこそごろごろ転がっていると
言っても過言ではない。
 しかし、そんな風に言えば、間違いなく機嫌は急降下するだろう。
 それではせっかく電車に乗って普段は来ないような海を見にいこうか、と、小旅行を組んで出
かけてきた意味がなくなる。
 となれば。
「君はどういうスリルが好きなんだ?」
 質問に質問で切り返すのは、ちょっと卑怯だが応えたくないことを回避する常套手段でもある。
 大抵は、先に聞いたのはこっちだ、と主張して自分の質問を優先させるものだけれども。
「私ですか? うーん」
 何しろ素直で馬鹿正直の見本のような直の場合は、そんなことにはならない。
 もちろんそれを承知の上で秋山はその切り返しを選んだわけだが。
「私は、スリルとかって、あんまり好きじゃないです。いつもと違う状況になると、パニック起
こしちゃうし」
「そうだな。君の場合、スリルなんて似合わないな」
 何かあるとすぐ泣くし、と言って笑みを浮かべれば、酷いですよ秋山さん、とまた直は少しば
かり頬を膨らませた。
 実に感情に実直な彼女らしい反応に、秋山はさらに笑ってしまう。
「最近は泣かないようにしてます!」
「うん、頑張ってるな。あんまり実ってない気がするけど」
「秋山さーん!」
 それが事実であるために、直は声を上げても否定は出来ない。
 しかし、その一言が余計だったのだろう。
「それで! 秋山さんのスリルってなんですか?!」
 おっと藪をつついちゃったか、とは思ったが、今さらだ。
 仕方ない、と思考を巡らせる。
「スリルって言っても、色々あるけど」
「はい」
「でもまあ、今だったらこういうことかな」
「え?」
 なんですか? と見つめてくる直の大きな瞳に映る、自分の姿をみて秋山はくす、と小さく笑っ
てしまった。
 触れるか触れないか、そのギリギリのところで一度動きを止めて、今一度自分の笑っている顔を
確認してからちょこんと、桃色のリップが光るそこに軽く重ねる。
「………………………あ」
「ちょっとした、スリルだろ?」
「あああああああああああ」
 壊れたレコードのように、同じ音を繰り返した直の顔が、あっという間に真っ赤になる。
 顔どころか首からその下まで茹で上がった、タコみたいだな、と暢気なことを考えている秋山の
目の前で、直は一人わたわたとパニックに陥っていた。
「あき、あきやま、秋山さん!!」
「うん」
「なにするんですかー!!」
「だから、俺のスリルが何かって、君が聞くから」
「嘘ですー!!」
 何でも信じる神崎直さんは、相変わらず俺にだけは疑い深い。
 それも無理もないことを、散々してきたことの自覚はあるので、秋山としてもそれを責める気は
さらさらないが。
 それになにより、今の彼女の指摘は間違っていなかったのだし。
「秋山さんのスリルじゃないですよ! 私のスリルじゃないですかー!」
「へえ、分かってるんだ」
「秋山さん!」
「あ、あれ、ウミネコじゃないか?」
「え? どれですか!?」
「あれ」
 窓越しに示してやれば、わああ、と直の意識はそっちへと向いてしまう。
 本当に単純だけれど、それがまた彼女らしいところでもあるわけで。
「秋山さん、ウミネコって、耳とか尻尾とかないんですか?」
「………君、それ誰に聞いたの」
「え? ええと、確か高校のときのクラスメートに」
 ただし、あまりにも素直すぎるのもどうかなと、思わないこともないのだが。
 思わず秋山の口から吐いて出た深い深い溜息に、ちょこん、と直が首を傾げる。
 流れる車窓の向こうでは、ミャー、ミャー、と、名前に違わぬ声で鳴くウミネコがのんびりと海
の上を飛んでいた。



 




                                                      -END-



海、眺めるのが好きです。
海岸をのんびり歩くのも好きです。
貝殻拾うのも好きです。
でも泳ぐのは好きではありませぬ。
海に入るのは好きですが、泳ぐことは致しませぬ。
てか、水着なんてもう十五年くらい着てないんじゃないかしら?

プールなんかも苦手ですねー。
水は好きなんですけど。
 
ちなみに、かなづちではござません。
50メートルくらいなら、クロールでいけます。
平泳ぎは25で限界かしら?
潜水が好きでした。

………そういえば、高校時代にプール、入ってないよなあ(笑)