■狼になりたい
なんだか最近、秋山さんの様子が変だな、と実のところ直はかなり前からそう思っていた。
かなり前、という時点で最近の話ではないのだとうい矛盾については、この際問題にしても仕
方の無いことであったし、直の場合はさらに致し方のないことなので、そこはとりあえず脇にお
くとして。
考え込んでいるかと思ったら、ぶつぶつ何か呟いて、遠くを眺めてぼんやりしていたり。
話しかけると普通にいつもの通りの反応をしてくるから、気のせいかしら、などと思ってもみ
たのだけれども。
やはり、おかしい。
何を悩んでいるのかしら、私じゃ相談相手にならないかしら。
などと思っている直は、知る由もなかった。
秋山がその尋常ならざる様子を露呈することになった原因が、自分にあったなんてことは。
なので、とりあえず秋山自身にまずはアプローチを試みた。
悩みがあるのなら、私でよければお話を聞くだけでも、という意味を含めて色々とあの手この
手を使っても見た。
しかし、直があまりにも遠回しすぎたのか、それとも秋山が意図的にそれを避けたのか、結局
のところ何も彼女は秋山から聞きだすことは出来ず作戦は失敗に終わった。
けれどもそこで諦めるようならば、それは神崎直ではないのであって。
逆になんとしても秋山さんがあんなことになってしまった原因を突き止めて、なんとかしてあ
げなくちゃ、と思うまでになっていた。
そこで、直は改めて、秋山が今のような状態になったのはいつ頃だったかしら、と記憶を手繰
りよせて一つ一つ検証してみることにした。
(うーんと………一週間、二週間………三週間前、の日曜日にはもうあんなだったよね。だとし
たら一ヶ月ぐらい前………あれ? 一ヶ月?)
何かあったような気がする。
それはなにかしら、と記憶に必死に分け入って手当たりしだいに探っていくと。
(あ!)
一つあったよね、と直は思いつたそれをさらに考え直してみた。
この一ヶ月の間で心当たりがあるといったら、それしかないのだが、さて、あれの中の何がい
けなかったのだろう。
直が大学の図書館から借りてきた本を読みながら狼について調べていたところに、秋山が帰っ
てきて、それから狼の生態についてちょっと質問して答えてもらって。
(………もしかして………)
つい勢い余って大型犬が好きなんです、なんて言って秋山さんのことを犬扱いしちゃったこと
がいけなかったのかしら。
と、思った瞬間に。
直はさああああっとそれこそ音でもしそうな勢いで蒼白になる。
すでに彼女の中では、自分の迂闊な発言によって秋山がショックを受けて、普段の彼らしくな
い行動を取るようになってしまったのだ、ということが、事実として決定されてしまっていた。
どうしようどうしよう、とこちらもこちらでパニックになり、おろおろし始める。
そうした様子は直の場合割合と日常茶飯事なので、ふと気がついたらいつものパターンな行動
をみせている直に、秋山は秋山で何がどうしたんだいったい、と眉間に僅かながらの皺が寄る。
経験から、こんなときの彼女の頭の中には面倒極まりない何かが巡っている場合が殆どである、
と知ってしまっているので警戒心もそこには多少混じっていたかもしれない。
「あの、秋山さん!」
「………なに?」
「ごめんなさい!」
そして案の定、パニックというのか思考が飽和したというのか、そんな状況に陥ったところで、
直は秋山にそう声をかけると同時にがばっと、額を床に擦り付けんばかりに、というか擦り付け
て、いきなり前置きなしに謝罪の言葉を口にした。
これに呆気に取られたのは、秋山だ。
いったい何をどんな風に自動変換してみせたんだ、こいつは、とますます警戒を強める秋山に
対して、それこそ泣き出しそう表情の顔をばっと上げた。
「私が秋山さんのこと、大型犬みたいだとか言っちゃったからっ」
「………は?」
「すみません、秋山さんのこと犬扱いなんてしちゃって………二度としませんから!」
「あ?」
「それに狼だとかそんな失礼なことまで言ってしまって」
そこまで聞いて、やっと秋山にも話が見えた。
一月ほど前に起きた、あの一件を。
「いや、別に」
「もう絶対言いません! 秋山さんは犬でもないし、まして狼なんかじゃありませんよね!」
「………………………」
「秋山さんは、秋山さんですから!」
「………ああ、そう」
「はい!」
にこやかな笑顔って、凶器なんだな、とか。
ぽつりと思ってしまった秋山の心中などこれっぱかりも知らずに。
「だから元気出して下さい! 秋山さんが立派な人だってこと、ちゃんと分かってます、私」
あくまでも秋山に対しての失礼な自分の行動を謝罪し、かつ秋山を元気付けようとしての直の
言葉は、須らくサクサクサクっと秋山の心臓に突き刺さっていた。
秋山さんは、狼なんかじゃありませんよね、と。
一応はお付き合いをしているはずの相手から、こうまできっぱりと言われてしまったら、さてど
うしたらいいのだろうか。
それも、安心してください、と顔一杯に書いてある笑顔を向けられて。
秋山の口からもれ出てた小さな、声。
「………狼になりたいって、歌、あったよなあ………」
それはきっと、彼の偽らざる本音でありそして。
当分の間は実現の出来そうにない、希望でもあったのかもしれない。
-END-
狼なんて怖くない? の続きをさらりと。
前回のタイトルは石野真子さんの往年の名曲のタイトルをちょこっともじって。
今回のタイトルは、中島みゆきさんの曲のタイトルをそのまま。
ちなみに、狼になりたい、って歌はかなり、ヘタレです(笑)
そうそう、狼なんて怖くない、の最後の方で登場した本、
『オオカミよ、嘆くな』は実在する本です。
内容までは知らないんですが、タイトルが笑えたので使ってみました。