■願いが遠い星の光に届くまで何億の時間が必要だろう
見上げれば、なんて輝かしい、無数の星だろうか。
遠い遠い遙かな闇が続く宇宙の彼方からやってくる、何百年、何億年もの遠い過去から届く、
それはささやかなるメッセージにも似ている。
そこにはもう、何もないのかもしれない。
光を放った星は遠い過去のどこかで、己の命の最後を迎えてしまっているのかもしれなくて
も。
聞いておくれ、見えない遠い届かない場所でも、そこに確かに在ったものの声を。
朝と夜と闇と光とを繰り返し繰り返し、まどろむような時間の中に、それでもときには激し
い思いを乗せて、そうして、終わったのだと。
「………そうして、遠い遠い場所で終わった星の歌は、宇宙を旅していくのでした」
「なに、それ」
「大学の友達に借りた詩集です。今、流行ってるらしいですよ」
「遠い声、か」
「秋山さん、知ってるんですか?」
「その本の背表紙に書いてある」
ああ、なるほど、これを見たのか、と直は自分の隣に寝転ぶ秋山の視線の先を見て、納得し
た。
世間の移り気な流行にはまるで興味を持たない秋山が知っているなんて珍しい、と驚いた直
は、いかにもな反応にむしろ安心している自分がいることに、苦笑してしまう。
「それで、秋山さんは、どう思いますか?」
「なにが」
「これ」
直の言うこれ、とは、詩の内容のことを言っているのか、その詩の終わりの部分のことを指
しているのか、それとも、本そのもののことを指しているのか判断がつかず、秋山は軽く眉を
寄せてみせた。
それに気付くことなく、直は一人言葉を続ける。
「私、子供の頃に、今見てる星の光が本当はもうずっと昔の物なんだって知ったとき、本当に
すっごく驚いたんですよ。なんだか、良く分からなくなってしまって。もうそこにはいないの
に、光だけが届くなんて、不思議ですよね。それって、例えば、今こうやって喋ってる私の声
が、何十年も何百年も後になって、誰かの耳に届くってことですよね?」
それは似て非なるものなのだが、直の言いたいことも分かる、と秋山は思う。
姿を失い、形を失って、それでもまだ確かに存在する、時の狭間に消え去った星が、最後に
投げかけた光の旅。
人は光のそれとは存在の在り方が違うから、死んでしまえば終りだと、言えなくもないが、
しかし、死んでしまった人の思いが、その後の世界に生きる者を突き動かすこともある。
もうこの世界には存在しない人の残したものが、その人の消え去った新しい世界を揺るがす
こともあるだろう。
そしてきっと。
(こいつは、そんな光の一つになるんだろうな)
何があっても信じることをやめない、どんなときも自分の心に正直に、どんなものもその手
で、心でに受け止めて、何があろうともきっと、涙しても最後にはきっと笑顔で、それだけは
けして失わずに、前をまっすぐに向いて。
「もう寝なよ、明日、大学だろ」
「………今の今まで、私のこと寝かさなかった秋山さんがそれ、言うんですか?」
少し頬を膨らませて、その端からくすくすと笑い出し、直は持っていた本をそっとベッドの
そばのテーブルに置くと秋山の腕に頭を乗せる。
その髪を軽く梳いてやれば、疲れていた直はすぐにうとうとと船を漕ぎ出した。
この光は、きっと自分に輝いたように、すべてを照らすために耀くだろう。
でも、こんなときだけは。
「おやすみ」
軽く髪を掬い上げた先に、そしてその頬に唇を寄せて、秋山も目を閉じた。
薄いカーテンの向こうから、やってくる。
遠く、遙かなる旅を経て流れ来た耀ける無数の星の歌を子守唄にして、眠る夜のまどろみ。
そして、いつか。
-END-
実はリサイクル作品です。
なんのリサイクルかと言うと、別ジャンルで書いた話を、名前だけ入れ替え
口調を変換し、ちょこっと加筆しただけ、というリサイクル!
詩集の詩は、私の自前です。
けっこう書くの好きなんですが、だいたい意味不明になって終わります。
いいのですよ! 詩は心の声ですからー!(言い切って、逃亡)。