USS Kyushuトップに戻る
Nine Forward スタートレック掲示板

[記事表示に戻る] [ツリートップの表示に戻る]

◇-こんなスタートレックはいかが?-Masa-YAN(10/4-13:34)No.38188
 ┣Re:こんなスタートレックはいかが?-ほいほい(10/4-14:49)No.38194
 ┣Re:こんなスタートレックはいかが?-トリル人(10/4-19:22)No.38202
 ┗Re:こんなスタートレックはいかが?-memorybeta(10/5-03:50)No.38227
  ┗Re:こんなスタートレックはいかが?-Masa-YAN(10/5-12:57)No.38240
   ┗Re:こんなスタートレックはいかが?-memorybeta(10/5-20:11)No.38250
    ┣Re:こんなスタートレックはいかが?-Masa-YAN(10/5-23:02)No.38254
    ┃┗Re:こんなスタートレックはいかが?-memorybeta(10/6-07:06)No.38263
    ┃ ┗Re:こんなスタートレックはいかが?-Masa-YAN(10/6-18:44)No.38282
    ┃  ┗Re:こんなスタートレックはいかが?-memorybeta(10/6-19:31)No.38285
    ┃   ┗Re:こんなスタートレックはいかが?-量産型バグ(10/6-22:39)No.38297
    ┗Re:こんなスタートレックはいかが?-量産型バグ(10/6-22:31)No.38295


トップに戻る
38188こんなスタートレックはいかが?Masa-YAN 03/10/4-13:34

スタートレックには初放映当時から様々な分野の最先端技術がSFドラマ的
手法で描かれていますが、映画「マトリックス」やアニメ「攻殻機動隊」で
扱われているコンピュータと人間の脳組織を物理的にネットワークでリンク
する、いわゆる「電脳」化については、宇宙船内のインターフェイス用シス
テムとしてとらえる上では現在においても消極的な表現にとどまっているよ
うです。

宇宙船と乗組員とのインターフェイスへの応用はSFドラマ上の可能性につ
いてもなかなか興味深いものがあるようにも思われますが、やはり電脳空間
上の映像表現の難しさもさることながら、内、外部からの「電脳ハッキン
グ」等によるネットワーク上のトータルリスクの大きさを考えると現実的に
は物語設定上も困難なものといわざるを得ないのでしょうね。

いわゆる「危機管理」の問題を安直なご都合主義で避けては通れないところ
もSFドラマとしてのスタートレックのクオリティを維持するには必要不可
欠でしょうし。

でもそのようなシチュエーションを絡めたエピソードも一度はみてみたいよ
うな気がします。皆さんはどうでしょう?

過去幾たびも描かれてきた「ホロデッキ」物などとはかなり異なる切り口で
人間とコンピュータの関わり合いを描けるような可能性もあるのではないか
とある種の期待も感じますが・・・。

トップに戻る
38194Re:こんなスタートレックはいかが?ほいほい 03/10/4-14:49
記事番号38188へのコメント
スタートレックは宇宙を舞台にテクノロジーがストーリーの重要な部分を占
める「SF」ではありますが、あくまで人間ドラマなので電脳化のような分野
は性格的にも映像的にも描きにくいと思います。ただしその垣根を乗り越え
て描き切ってくれれば観てみたいとも思います。モリアーティ教授が仮想現
実の世界と気づかずに旅立つ話などはマトリックス的で面白いと思うし、
バークレーの神経インターフェースの話もサブプロットとしては良かったの
で、ぜひメインのテーマで観てみたいと思いますね。

トップに戻る
38202Re:こんなスタートレックはいかが?トリル人 03/10/4-19:22
記事番号38188へのコメント
いわゆる人工的な仮想現実ネタなら結構あるような気もしますが.ライカーが
やったり,ホロドクターがやったり,オブライエンがどこかの星でやらされた
り.まあどれも受け身というか災難という形での表現ですけどね.ジョーディ
ーのニューロインターフェイスが唯一積極的にとらえた例ですかね?

トップに戻る
38227Re:こんなスタートレックはいかが?memorybeta E-mail 03/10/5-03:50
記事番号38188へのコメント
Masa-YANさんは No.38188「こんなスタートレックはいかが?」で書きました。
>スタートレックには初放映当時から様々な分野の最先端技術がSFドラマ的
>手法で描かれていますが、映画「マトリックス」やアニメ「攻殻機動隊」で
>扱われているコンピュータと人間の脳組織を物理的にネットワークでリンク
>する、いわゆる「電脳」化については、宇宙船内のインターフェイス用シス
>テムとしてとらえる上では現在においても消極的な表現にとどまっているよ
>うです。
>
 この究極の形態がBorgじゃないでしょうか?
 ナノロボットを送り込んで、神経の接続を変えることで、
忠誠心に至るまで、コントロールするということですが。
しかしこれは連邦の考え方とは違いますよね。
 最近では盲目の人の視神経にチップをかまして、
目を見えるように出来ないかの実験が始っていますし、また
SFでは「2010」で長期間寝たきりの人に、その間の現実を
データとして送り込むというのもありましたから、実用化は
できると思いますが、どうも明るい使い方が難しい。
 で、無理矢理組み込むと、バイオインターフェイスを個人
にまで繋げた船、っていうと結局バイオシップか…アリャ

トップに戻る
38240Re:こんなスタートレックはいかが?Masa-YAN 03/10/5-12:57
記事番号38227へのコメント
memorybetaさんは No.38227「Re:こんなスタートレックはいかが?」で書きまし
た。
> この究極の形態がBorgじゃないでしょうか?
> ナノロボットを送り込んで、神経の接続を変えることで、
>忠誠心に至るまで、コントロールするということですが。
>しかしこれは連邦の考え方とは違いますよね。

確かにこの考え方では連邦の考え方には反していますよね。要は物事の決定権を
誰に、又は何に委ねるかと言うことに尽きると思われます。つまり、誰がボスで
あるのか、またあらねばならぬのかということです。

おっしゃるとおり機械や管理システムのたぐいに人間が無条件に従属すると考え
ればお話が暗いものになってしまいます。

どうもスタートレックではボーグを始めとしてその手のテクノロジーを否定的な
ニュアンスで描く傾向が強いようです。

乗組員個々の肉体感覚の延長線上にコンピュータや各種ハードウェアがあるとい
う意味でとらえればそれほど嫌悪感も生じにくいのでは。

データ少佐のような完全自立型のアンドロイドでは自身の独自性を完全に保ちつ
つ同時に艦内の各種システムとの連携も、日常的には何ら抵抗なく行われている
はずです。

もちろんデータは機械であって人間ではないとおっしゃられる向きもあるでしょ
うが物語の中で描かれるとおり、高度なポジトロニックブレインで構成されるA
Iと有機体で構成される人間の脳内で発生する知性はもはや厳密に区別できるで
きる物ではなくなっているというのが僕の正直な意見です。(少なくともあの物
語の中ではという限定条件の範囲ではありますが)。

ともあれ、結局のところテクノロジーは使う者の心がけ次第と言うことで平凡な
結論ですがご理解いただければ幸いです

トップに戻る
38250Re:こんなスタートレックはいかが?memorybeta E-mail 03/10/5-20:11
記事番号38240へのコメント
Masa-YANさんは No.38240「Re:こんなスタートレックはいかが?」で書きました。

 最後には個人主義をどうするかと言う話になるんでしょうか。
アシモフのファウンデーションシリーズも最後には個人主義を
捨てちゃいましたし、周りを見ても、個人主義を言い出したのは
そもそも欧米が先駆けだった訳で、私らが果たして納得している
のかどうだか??…ちょっと不安

トップに戻る
38254Re:こんなスタートレックはいかが?Masa-YAN 03/10/5-23:02
記事番号38250へのコメント
memorybetaさんは No.38250「Re:こんなスタートレックはいかが?」で書きまし
た。
>Masa-YANさんは No.38240「Re:こんなスタートレックはいかが?」で書きました。
>
> 最後には個人主義をどうするかと言う話になるんでしょうか。

うーん、個人主義をどうするかということですが実際のところあのボーグにおいて
すら個人主義は存在します。つまりボーグの集合体意識は唯一無二の個人主義を種
族全体で共有することで成り立っているのです。

つまり全体が一つになるのではなく、一つが全体になることであの共同体は成り立
つという理屈です。

人間のような複雑な要素で成り立つ知性体を情報を管理することでいかに均質化、
並列化しようとしても結局は表面的な操作にとどまらざるを得ないと思われます。
たとえDNAレベルでの改変を試みるにしてもそれには自ずから限界は存在しま
す。

ボーグはその限界を超えてしまったよう鬼子のような存在にも思われます。極度の
平衡化は生物、コンピュータのいずれにおいても致命的な欠陥を自ら内包するよう
なもので、たった一つの破局的要因で全滅する可能性をはらむ危険な行為であるか
らです。(TNGにおいてもボーグをウイルスプログラムで全滅をはかろうとした
エピソードもありましたしね)。

実際のところ惑星連邦のような多種多様な生命、思想、イデオロギーで構成される
巨大な体制では電脳ネットワーク化しても国家から個人レベルまで幾重にも複雑な
防壁システムのようなもので個人や団体は保護される方向に進むと思われ、個人主
義は決してなくなりはしないでしょう。

たとえばエンタープライズのような宇宙船レベルに限定して考えれば、特殊用途の
小型艦(ディファイアント)のような船では十分考えられるでしょうが、すべての
艦船で実施できるというような類のものにはなり得ないでしょう。

人間の個人主義は良きにつけ悪しきにつけ、コンピュータのプログラムのように均
質な条件下では実現されるものではないと僕も思います。そのような人間が多数を
占めると思われる24世紀のアルファ宇宙域の状況では実質的な危険は最小のもの
ではないのでしょうか。

長々と書き連ねてご迷惑だったでしょうか。そうでなければよろしいのですが。

トップに戻る
38263Re:こんなスタートレックはいかが?memorybeta E-mail 03/10/6-07:06
記事番号38254へのコメント
Masa-YANさんは No.38254「Re:こんなスタートレックはいかが?」で書きました。
>>Masa-YANさんは No.38240「Re:こんなスタートレックはいかが?」で書きました。
 ここまできて、個人主義ってなに?っていう大問題になると、自分でもよく分かって
いないのでもうちょっと勉強しなおします。
 ただ人間観の違いとしてみた場合、大きな違いを感じます。私自身は人間の感情やらは
単に神経ネットの組み合わせによる、化学反応の結果ではないかと疑っています。(半分
自信がない。)生まれた時の神経パターンが周囲の刺激によって、ネットを再構築してゆ
くイメージです。(例えば日本人は日本語を聞いたあと、脳の内部でパターンとして意味
を検索に行きますが、英語のような表音語はまず音がパターンに変換されてから移るらし
い。つまり後天的に神経の反応が形成されてゆくとすれば、やはり唯物的かなぁ〜と)
 極論すると単なる物の一種ではないのか、ということです。ですので
 ボーグインプラントのような物理的手段で、人間の改造は可能ではないかと思います。
もちろん多様性は確保されねばならないとは信じていますから、改造してよしという意
味ではありませんが。
 それと果たして根源的な発露で自由を求めるだろうか?という疑問です。近代国家は
つねに強い求心力で、国民に忠誠心を求めてきたし、人々は真の個人が持つべき本人の
責任からは逃げようとしてきた風に見えるのは、見当違いだろうか?

 長くなってすみません。ぜひ御意見をお願いします。

トップに戻る
38282Re:こんなスタートレックはいかが?Masa-YAN 03/10/6-18:44
記事番号38263へのコメント
memorybetaさんは No.38263「Re:こんなスタートレックはいかが?」で書きました。

> 極論すると単なる物の一種ではないのか、ということです。ですので
> ボーグインプラントのような物理的手段で、人間の改造は可能ではないかと思います。

その通りです。人間をハードウェアの一種として考えるなら物理的なレベルの改造は可能で
しょう。ただあえて注釈を付け加えるなら、人間を改造するという意味ならインプラントの
ような高度な技術を用いなくても教育、宗教、イデオロギーなどは無論のこと、ささやかな
日々のなりわいですら人は変わっていくものです。

人間の脳組織は単に神経細胞の束にすぎず肉体の五感の情報が絶たれれば自己の認識すら危
ういものです。ただハードウェアがあるならソフトウェアの存在にも僕は注目したいので
す。人間のソフトウェアとは何かといえば自己認識から生じる意識そのものということにな
るのではないでしょうか。

もちろん意識も肉体というハードウェアを介して生じるものであり、決して肉体とは無関係
の存在ではあり得ません。心身の状態は相互に依存しあうものでありそれぞれの優劣の是非
は無意味でしょう。

ソフトウェアとしての意識は決して高度なものばかりでなく「腹へった」「眠いよー」「す
てきな彼女とHしたい」といった誰にとってもありふれたものであることが大半です。それ
でもそれらの意識は”自分であって他人のものではない”という意味で一人の人間にとって
決定的な意味をもっているのではないでしょうか。

自分とそうではないもの存在を自覚し、認知することは人間としての根元的な存在意義にも
関わるものではないかと思ったりもします。

そのような人の脳の中で起こる化学変化や電位度の差から生じる神経情報はやがて”他人で
はない自分”という自我を作り出し、そこから生じた意識はたとえ電脳ネットワークでリン
クされた状態においても揺らぐようなものではないはずです。

なぜならそうした意識こそが人間が外部とコンタクトをとり、情報を他者と取り交わす際の
拠り所になるからです。

もし自我すらも改造によって失うことがあるとするならばそれはもう人間ではないのです。
それはもはやボーグですらないただの機械人形と呼ぶべきものでしょう。(機械ゾンビか
も)(^_^;)

たとえ改造された精神から生じた意識も本人にとってはかけがえのない真実であり無意味な
ものではないのです。ヴォイジャーのセブンは彼女の送ってきた人生のうち、どこからどこ
までが彼女のものであるいはそうではないなどと言うことは他人がとやかく言える事ではな
いはずです。彼女にとってはそのときそのときの全てが彼女自身の人生であることに変わり
がないはずだからです。

こうした自我の存在を前提とした意識の証明は唯物論的な論法では困難ではないでしょう
か。

もう一つの疑問について言わせてもらえるならば、人間は決して何らかの使命を持って生ま
れてくる訳ではありません。人とはそれぞれによりよき人生を求め、それぞれが勝手に生
き、ただ死んでいくものです。皆がどのような自由を求めるにせよ、それぞれの人生に精一
杯取り組むしか解決法はないのでしょうか。ただ、よりよき人生を求めるとき、人は自分同
様に他者の存在を無視することはできないと言うことなのでしょう。

なんだか人生相談のような・・・(-_-) こんな意見でどうでしょう?

トップに戻る
38285Re:こんなスタートレックはいかが?memorybeta E-mail 03/10/6-19:31
記事番号38282へのコメント
Masa-YANさんは No.38282「Re:こんなスタートレックはいかが?」で書きました。
>memorybetaさんは No.38263「Re:こんなスタートレックはいかが?」で書きました。
>
 最近は人の意識をコンピューターになぞらえてみますが、「腹減った」とか無意識の動きなどは
まあOSかな?で意識しての活動はアプリみたいなもんかなと。ただネットの中から果たして自意識
は生まれるんだろうか?つまり自分と言う実体と、神経の絡まりとの間がどうにも理解できません。
(それにあの二枚目の肉体に、どうして自分の意識が宿らなかったのかという大問題も。)
もちろん今に至るまで、「生命」「自我」という物体は発見されていないんですが。

>たとえ改造された精神から生じた意識も本人にとってはかけがえのない真実であり無意味な
>ものではないのです。ヴォイジャーのセブンは彼女の送ってきた人生のうち、どこからどこ
>までが彼女のものであるいはそうではないなどと言うことは他人がとやかく言える事ではな
>いはずです。彼女にとってはそのときそのときの全てが彼女自身の人生であることに変わり
>がないはずだからです。
 これはつまり記憶が繋がっていればOKということとは違うんでしょうか?

 …ところで、もとは何の話でしたっけ?

トップに戻る
38297Re:こんなスタートレックはいかが?量産型バグ 03/10/6-22:39
記事番号38285へのコメント
> …ところで、もとは何の話でしたっけ?
多分,
「ジョーディのバイザーのような機器を介して,ダイレクト多様なハードを
操る技術が,なぜ艦隊ではそれほど使われていないか?」
という話だったと思うんですが.

で,これについてはデータ少佐の意見がほとんど答になってます.

単純に兵器や制御装置としての効率を考えるなら,艦隊士官全員の視覚をヴァイザーに
置き換えるように人体改造を施す方が効率的です.ですが,人権より効率を重視する
ならば,それは惑星連邦の基本理念に反する行為です.しかも優性戦争の一件が
ありますからねー.遺伝子操作もサイボーグも原則禁止せざるを得ないでしょう.

たとえ禁止されていても,その禁断の技術に憧れるものは後を絶たないようですが....(^^)

トップに戻る
38295Re:こんなスタートレックはいかが?量産型バグ 03/10/6-22:31
記事番号38250へのコメント
> 最後には個人主義をどうするかと言う話になるんでしょうか。
>アシモフのファウンデーションシリーズも最後には個人主義を
>捨てちゃいましたし、周りを見ても、個人主義を言い出したのは
うーん.ファウンデーションシリーズは必ずしもそうじゃないと思います.
「ガイア」はあくまで個人が集まった社会であり,個人は個人です.

こうなってくると,むしろ問題となるのは「個人主義」の定義の方だと思います.
ボーグ集合体とガイアと20世紀の国家は,個人主義という観点からは,所詮程度
の差に過ぎません.

公共の利益のためには個人の権利が狭められるのは,どれにしても
同じですから.