■花冠〜 遠い呼び声の彼方へ    
  

 春の気配が近付けば、見る間に夜篝国には色鮮やかな季節が巡ってくる。
 あらゆるものが色を失っていた冬はすでに遠く、いまや第四界においてもっとも広大な
領土を支配する最大にして最強の軍事国家は春を祝う祭で賑わい人で溢れかえっていた。
 様々な国から人が訪れ、様々なものが持ち込まれて、王都はすでに満杯状態だと言って
も過言ではない。 
 春を祝う慶春祭は夜篝国においては特別な祭だ。
 夜篝国の現国王がその御座に就いたことを祝う祭りでもあるために、それこそ国を挙げ
ての祭りとなり、その盛況ぶりはどんな祭りよりも突出している。
 本祭を数日後に控えて、日ごとに賑やかさを増しているが、それはもっと凄いものにな
ることだろう。       
 ことに今年は在位千百年目にあたり、夜篝国では百年ごとにその御世を讃える百年祭と
呼ばれる祭の行われる年にあたるため、いっそう祭は例年にない盛大なものとなっていた。
 世界各国から押し寄せた、国王の名代や使者が夜篝国の王へその治世を祝う言葉と、立
派な贈り物を持って王宮の前に競うように連日列をなしている。
 その数は本祭が行われる日を前にして増える一方だ。
 恐らくは第四界においてもっとも強大なる国の王へ寄せられた貢物で、すでに王宮はき
らびやかな耀きに満たされていることだろう。
 夜になれば花火が高く上げられて、夜空を美しく飾り真昼のような明るさに満ちている
王都は、不夜城のように朝から晩まで眠ることのない日がもう何日も続いていた。
 そして城下の町の賑わいも、城のそれに負けてはいない。
「すげえなあ、見ろよあれ、あの馬車の数!」
 声に顔を上げたナルトは、思わすうわあ、と声を上げてしまう。
 それも無理もないだろう。
 なにしろ、そこにナルトが見たものは。
「何台続いてるんだってばよ、あれ」
「ざっと見て、軽く二十台はあるんじゃないのか?」
「二十!?」
 とんでもない数を耳にして、素っ頓狂な声は裏返っていた。
 そんなこととは知る筈もなく、ナルトを驚かせた馬車の列はガラガラと車輪を鳴らしな
がら石畳の道を次々と通り過ぎていく。
 ナルトが数えただけで、実際に十八台あった。
 凄いなあ、と感心しきりでそれを見送るナルトの耳に、自分の後ろで同じように馬車の
群れを見送っていた人の会話が届く。
「どこの国から来たんだろ、あれ」
「さあ、紋章に見覚えがないから、あんまり大きな国じゃないんじゃないかね」
「それなのにあんなに祝いの品をねえ」
「馬鹿だねえ。小さい国だからこそ、じゃないか」
 あはは、と笑う女の声は豪快だった。
「うちの王様はなんたって不朽王と呼ばれるこの第四界で右に出る者がない偉大な王様な
んだよ? 小さな大した力もない国がうっかりご不興を買ってご覧よ。それこそ大変じゃ
ないかい」
「なるほどなあ」
 夜篝国は千年前の戦国時代に多くの国や土地を併合して広大な領土を手にした国であり、
その軍力は他国が到底足許にも及ばないものだ。
 女の言うとおり、不用意に不興を買うことを避け、なおかつ運がよければ好印象を夜篝
国の王に持ってもらうにはこうした祝いの場はまたとない好機でもある。
 よって、世界中のありとあらゆる国がこぞってこの王都へとこうして集まってきている
のだろう。
「沙巖国や瑞黎国も来てるのかねえ」
「来てるに決まってるじゃあないか。三大国家なんて言われてはいたって、沙巖国にして
も瑞黎国にしても、結局はうち比べたら下になるんだからね」
「昔は世界の覇権を三国で競い合ったって言うのは本当なのかねえ」
「さあ、どうなんだろうね」
 会話の最後の方を聞くことなく、ナルトはその場を離れた。
 目的の買い物を済ませたその向かう先は、三年前から世話になっている宿だ。
「最強の国、かあ」
 小さく呟いたその横を、またさっきとは違う紋章をつけた馬車が走り抜けていく。
 ナルトはその紋章を知っていた。
 さっきの二十台近い馬車を連ねて王宮へと向かっていた国も、知っている。
 いずれもまだ旅の一座の一員として世界各地を旅していた頃に、立ち寄った国のものだ
った。
 女が言っていた通り、夜篝国に比べたら遙かに小さく力のない国のものだ。
 馬車でこの国まで来るには、数十日を要するほどに遠い国でもあったと記憶している。
 はっきりと言えるわけではなかったし国名も覚えてはいないが、それは間違いなかった、
と思いながら通り抜ける馬車を見送った。
「それにしても、今年の祭りは本当に三年前のお祭りよりもずーっと盛大だよなあ」
 思わず口をついて出てしまった声には、心底感心している響きがある。
 三年前の祭とは建国何周年だかを祝う祝典で、当時ナルトはまだ旅芸人の一座の一員で、
その祭を盛り上げるために呼び集められた一座と共にこの国を訪れた。
 建国祭もそれは盛大なもので、辺境や世界の各地ではまだ戦乱が続いている中にこれだ
けの祭を行えるとは凄いなあと感心したものだったが、今年の祭はその何倍も盛大で立派
なものだ。
 どこからこれだけの人が沸いてくるのだろうか、と本気で思うほどに今の王都は多勢の
外国人でごった返している。
 その分、警備も強化されているようだったが、目立ってそれが分かるような形では行わ
れていないようだ。
 仮にも祝いの祭の最中、物々しい警備は憚られたのだろうか。
「大丈夫なのかなあ………サスケ」
 ちらりと通りを行き交う見知らぬ異国の風貌を持つ見慣れぬ衣装を身につけた人々を見
ながら、ナルトはそんなことを思う。
 サスケは、世界最強を誇る夜篝国の王であるだけに、その命を常に他国の刺客から狙わ
れる立場にあった。
 千年前の大戦を最後に、夜篝国を筆頭とする三大国家間での戦いは一切行われることが
なくなり、世界中を巻き込んでの大きな戦いは久しく起きていないものの、小国同士の土
地を奪い合う戦いのような戦乱は世界各地で今もなお日常的に起きている。
 少し辺境へ行けば、日々の暮らしを送ることさえも困難なほどに乾き飢えた土地がいく
らもあった。
 そうした中で、夜篝国を討ち果たしその富と力を手中に収めんと謀る国は数え上げれば
どれほどの数になるだろうか。
 こうしてサスケの在位を祝いその千年に渡る御世を讃えて集まって来た国の中に、そう
した思いを僅かも抱かずにいる国はほんの一握りに違いない。
 平素は厳しい国境警備と王都の城砦警備の前に不用意には入り込めないそうした国々が、
大手を振って公式に訪問することが出来るこのチャンスを逃すまいと考えている可能性は
非常に高いのだと、祭りの前に聞いた話を思い出していた。
 誰もが、けして本心から祝いの言葉を述べ、祝いの品を届けて夜篝国の王の覚えのめで
たきことを願うためだけに来ているわけではないのだと。
 人が多くなればなるほど警備を行うには困難が付きまとうことになるが、果たして今本
当に城下にどれほどの警備態勢が取られているのだろうか、と本気でナルトは心配してし
まう。
「それにしても、あれからもう三年になるんだなあ」




                              ………To be continue