■遼夐   
  

「テマリ様」
 谷底から吹き上げてくる、強い風。
 乾き切った風は、同じように乾き切った大地の表面を削り取って、それを巻き上げ
ながら空を目指しているようだ。
 ほんの数分この場にいるだけで、髪も服も砂まみれになってしまう。
 気を付けていなければ目に欠片が入り込み、痛めることになるだろう。
 もっとも、この地で長く暮らしている砂の民にとってはそれは日常的なものであり、
そんな失態を犯す者と言えば年端もいかぬ子供くらいだ。
 ましてや忍ともなれば、砂の存在など気にも留めない。
 テマリも、何の覆いも付けていないというのに、砂に塗れた風を意にも介すことな
くその風の中に立っていた。
「そっちはどうだ。何か気に掛るようなものはあったか?」
「いえ、谷の底に降りた者からも特に問題となりそうなものは見当たらないと報告が」
「そうか………」
 口許に軽く立てた右手の親指を当てるようにしながら、テマリは辺りの様子を見回
した。
 吹き抜けた風には、巻き上げられたこの辺りの特有の金色を帯びた土が混じり、シ
ェードを掛けたようにしてその視界を遮る。
 いつものことではあるのだが、これでは満足に周囲の状況を確認することも難儀し
た。
「まったく、鬱陶しい砂嵐だな。特にこの時期には酷くなる」
 ばさりと羽織っていたフードを払い除け空を仰いだテマリの隣に、背の高い上忍が
そっと立った。
 彼女の背後に立てば、次の瞬間には首と胴が泣き別れをしていたことだろう。
 砂の姫は氷の戦女神だと、時に噂されるほどに強烈で容赦がない。
 だが実際の事を言えば、テマリは背後に立つ者を誰彼構わず叩きのめすわけではな
かった。
 相手に殺意があるかどうか、その判断を下した上で、それなりの対応をしているだ
けだ。
 もっとも、砂の里で彼女の背後に立とうとする者は二人しかいない。
 一人は弟であり共に里を支えるカンクロウであり、いま一人は、一番下の弟でこの
里の長として立つ我愛羅だ。
 我愛羅は実力的に見てもテマリには到底敵う相手ではないし、カンクロウとテマリ
の実力はどちらが上か、という点では互いに本気で競い合った事がないので分からな
いが、弟たちは彼女の警戒が解かれる数少ない人物だ。
 心を許せる相手とも言える。
 他に名を上げるとすれば、木の葉の里の数人だろうか。
(火影は当然ながら、悔しいがあの筆頭補佐官、うちはサスケは私では到底相手にな
らんからな。サクラの場合はまあ、私と互角にやれるかもしれないが、あの怪力はな。
あとは、ああ、あの昼行燈な奈良シカマルもそうかもしれん。あそこまでやる気がな
い奴を相手に、警戒しろと言われてもな)
 思い出した面々の顔に、ふ、とテマリの表情が緩む。
 だが、それも一瞬のことだった。
「どうしますか、テマリ様。風が強くなってきましたから、ここは一旦調査を中止し
て、天候が回復してからに」
「いや」
 テマリは即座に首を横に振った。
「風影様はここのところ立て続けに問題が起きていることをとても気にされている。
一刻も早く解決するためにも、もう少し調査を続けるぞ。だが、この砂嵐で視界も悪
い上に、この辺りの地形はかなり複雑で危険だ。他の者たちにも気を付けるように伝
えておいてくれ」
「分かりました」
「頼んだぞ」
 そう言ったテマリの髪を、乱暴に撫でつけて風が走る。
「まったく、ここまで酷い砂嵐は何年振りだ?」



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