■濫觴(らんしょう)   
  
 カーテンを揺らして風が流れ込んで来る。
 目を通していた書類が小さくはためくのを見て、サクラは意識をその書類から外
の景色へと移して、良く晴れ渡った青空を見た。

「いい天気。じっとしてるのがなんだか申し訳ないくらいね」

 こういう日はお弁当を作って、ちょっとしたピクニックに出かけるのも楽しいだ
ろうし、彼氏がいればデートをするのにもうってつけに違いない。
 他愛もない話をしながら、具合の良さそうな木陰でお手製のランチを食べるだけ
でもいい。
 話題はなんでも構わない。
 お互いに笑ってしまうような、本当に他愛ない話でいいのだ。
 そんなことを太陽の光を浴びて輝く木々の葉の緑を愛でつつ思ったサクラだった
が、その笑顔はすぐに別の意味を持つものに変わった。

「………って、それは夢の話よね。安静するようにって休暇を取ってる状態じゃピ
クニックもなにもあったもんじゃないわよね。それに、普段は仕事に追われて、そ
れこそそんなことを出来る余裕なんてないんだし」
「そうだね、夢を見るのは自由だよね。でも、それ以前に、君、料理得意だったっ
け? それにそもそも、デートする相手なんているのかい? サクラ」
「アラゴメンナサイ、手ガスベッタワ」

 どうやったらそんな事が出来るのか、壁にざっくりと半分ほど埋もれてしまった
ペンは、あと一歩反応が遅ければサイの顔に同じように穴を空けていたことだろう。

「今さらだけど、サクラって、けっこう粗忽だよね。どんな風に手を滑らせたら、
こんなことになるのかな」
「余計なお世話よ。口より手を動かして貰えるかしら」

 あわや自分の顔が大惨事になりかていたことを分かっているのかいないのか、か
なり突っ込みどころを間違えたことを言いながら、壁から引き抜いたペンをサクラ
に返すサイの表情は普段と何も変わらない。

「私の手料理を食べたこともないくせに、知った風なことを言うのは止めて貰える
かしら。もうひとつ、断っておくけれど、私にだってデートの相手くらいいます」
「ふーん?」
「何よ、何か言いたい事があるなら言えば?」
「別に何もないよ」

 にっこりと笑ってみせるサイの表情が、本当に笑っているとは思い難い。
 しかし余計なことを言えば藪蛇になりそうで、サクラは不満は残ったがそれ以上
は言わずにサイの手からペンを受け取り、書類に意識を戻した。
 とりあえず仕事だ。
 それが最優先されるべきことなのだ。







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