蒲月の祓
青の行方
夏の到来を教える風が吹くようになって、強くなった陽射しが背中にじわ
んりと汗を滲ませるようになったのは、数日前のこと。
ナルトは鼻歌を歌い、サスケの家へと続く緑の濃くなった草が随分伸びた
道を跳ねるようにして歩きながら、額を手の甲で拭う。
見上げれば、眩しく輝く太陽はやけに近くで。
「暑いってばよー」
だったら、その厚着な服をどうにかすればいいだろう、と言われたことを
思い出して、そう言われても服なんてあんまり持ってねぇもん、と呟いた。
小さい頃からあまり裕福とは言えない、と言うかむしろ極貧に近い生活だ
ったから、本当に必要な物以外余計なものを買うことができなかったのは、
あんまり人には言えない秘密の話。
火影の庇護の元に居たまだ幼い頃はどうだったか記憶に定かでないが、一
人で暮らすようになってからは無闇と甘えることもできなくて(一人前にな
ったのだ、と言う自尊心もあったし、自立して尚火影に頼ることは自分を異
端視している里の者たちに負けを認めるような気持ちになったのだろう)ア
カデミーから支給される奨学金だけでぎりぎりの暮らしをしていたナルトに
とって、衣食住の中で食以外の二つはまさに二の次の問題でしかなかった。
「寒い方が暑いよか大変なんだってばよ」
暑かったなら脱げばすむけれど、寒さを防ぐにはやっぱり着るものがそれ
なりにないとどうにもならない。
だから、なるべく暖かい服を一つ買って、それを着回してなんとか過ごし
てきた。
そんなナルトが下忍になって困ったのは、アカデミーにいた頃より内容の
激しい任務のせいで、服が一日で汚れてしまうこと。
でも逆に下忍になったお蔭で自分の力で稼げるようになったから、少しだ
け生活は楽になった。
服も新調して、以前よりはましな生活をしている。
とは言っても、長く続いた貧乏暮らしですっかり身についてしまった性分
というものはそうは簡単に治らないようで、何着もまとめて買うなどとても
出来なかった。
初給料を手に買いに行ったはいいものの、結局悩みに悩んだ末、買った服
はたったの一着。
だから、やはり雨の日は洗い物が乾かなくて困るので、真夏の前にもうす
ぐやって来る長雨が季節はナルトは嫌いだった。
湿っぽい服を着るのは、誰だって嫌だろう。
下着だってあんまり持ち合わせがないから、本当に雨が続いて太陽が出て
くれないとどうしようもなくなってしまう。
乾燥器なんて、買える余裕はどこにもない。
だから、結局は生乾きの服で我慢するのが常のことだった。
でも最近は、そんなことがなくなって、ちょっとだけナルトは嬉しそうに
口元を緩める。
「サスケんちに乾燥機があるなんて、意外だったな〜」
いつだったか、一緒に修行していた所へ突然の豪雨に見舞われて近かった
サスケの家に避難した時、止まない雨の為にお泊まりすることとなったナル
トは、本気で服をどうしようとかと悩んだ。
けれどそれは杞憂に終わり、寝間着の代わりの浴衣を貸して貰った上に、
雨に濡れた服もナルトが風呂に入っている間にしっかり洗濯も乾燥も済まさ
れていたものだから、本当にあの時は驚いたなあ、と思い出して笑う。
洗濯をしても普段は任務があるし、一人暮しでは外に干して家を出る訳に
もいなかい時もあるので、面倒も省けるから買った、と言っていた。
「おっかねもちは、いーってばよ」
でも、そのおこぼれに預かる身としては、あんまり言えた義理もでない。
「それにしても、あっツイってばよー!」
また同じ愚痴を吐いて、ナルトはピョコンと両足を揃えて立ち止まり、空
を見た。
そこには真っ青との空と太陽があるだけ。
あとには何もなかった。
綺麗なくらいに、何も。
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