蒲月の祓
                                       ポプラ 「サスケさ、今日が何の日か知ってる?」  寝転んだまま、忍術書を読んでいたとばかり思っていたナルトにそう話し かけられて、サスケは驚いたように目を少しだけ見開いて視線を落とした。  だがナルトはサスケの方を見てはおらず、まだ忍術書を見ている。 「おまえの誕生日か」 「違うってばよ」 「じゃあ、俺の誕生日だったか?」 「………おまえ、自分の誕生日も覚えてねぇの?」  思わず、ナルトはわざと逸らしていた筈の視線をサスケに向けてしまった。 「冗談に決まってるだろ」  さらりと返して、サスケはナルトがうちはの誇る蔵書の中から引っ張り出 してきた忍術書の一つを手に取りパラリと開く。 「じゃあさ、じゃあさ、知ってるってばよ?」 「特別な日だったか?」 「特別なんじゃねーの? 俺は良くわかんないけど」  ポツリと言って、ナルトは再び目を忍術書に戻す。  しかし、寝転がる自分の横に腰を下ろして本を読み始めてしまったサスケ は、いっこうにナルトの質問に応えてくれる様子はなかった。  多分、自分からちゃんと話を向けない限り、こうなってしまったら絶対に サスケは何も言ってくれない。  どういった成行きでこうなったのか今だに自分でも謎だが、無口で口の悪 いこの屋敷の主とけして浅くはない付き合いをすることとなってしまったナ ルトはその性格を十分知ってしまっている。  だから、少しだけ溜息をついた。 「子供の日だってばよ」 「ああ」  そう言えば、そんな名前のつけられた日だったなと、サスケは思い出す。  数年前にそうした時事の祝い事からは縁遠くなってすっかり忘れていたが、 それ以前は確かに季節の折りに訪れる節句を祝ったり奉ったりする習慣がう ちはの家にもあった。  なんにせよ歴史の長く重いうちはの一族が行うことであるから、正月一つ でさえ子供には理解し難いほど小難しくしきたりと言うものによって全てが 決められていたので、サスケにしてみれば馬鹿らしく堅苦しいものでしかな かったけれど。 「いきなり、どうしんたんだ」 「別に」  子供の日、だなんて。  ナルトにもサスケにもおよそ無関係の、行事。  生まれた時からそれを祝ってくれる人はなく、突然不条理なままに祝って くれた人を奪い去られて、二人はどちらも孤独であったから。 「何もなくて、そんなことをいきなり言い出すのか、てめえは」 「なんとなーく、思い出したんだってばよ。そんだけ」  嘘吐け、とサスケは無言で呟いた。  思ったことは口にせずにいられない性格を、いい加減こっちだって知って いる。  何かあったから、そんな下らないこと言い出したんだろ。 「里で、何か見たのか?」 「何って、何」 「美味そうな、柏餅とか」 「あ、あれ、柏餅、美味いよな〜。金なくて買えなかったけどさ」  そう思わずそう言ってから、違うってばよ、とナルトは怒鳴った。  だが思いきり大声を出したことで、少しだけ気が楽になったのだろうか、 ふっとその表情が緩む。 「仲良さそうな親子がさぁ、一緒に歩いてたんだってばよ。んで、今日は子 供の日だから特別ね、っておかーさんが優しい顔して柏餅買ってあげてたの 見たんだ。そんだけ」  膝を片手で抱えるようにして、ナルトはそれきり黙って本を読む。  母親なんて、俺にはどうしようもないだろ、サスケは軽く息をついて視線 を転じた。  晴れ渡った五月晴れの空に、雲は一つもないのに。  それきり二人は黙って時を過ごした。 

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