蒲月の祓
ピクシー
広い庭を全て見て回ったことがあるわけではないけれど、ナルトがこんな
所まで来たのは初めて。
母屋から少し遠い離れの庭(それでも十分に一般的な家庭の家に匹敵する
だけの大きさがあり、ナルトにしてみるとこれを離れと言い切ることが信じ
られなかった)までやって来たサスケとナルトは、午後の暑い陽射しの中を
黙々とかなり勝手に生え揃う庭木の間を歩いていた。
大きな木の伸ばした枝が作る影のお蔭で随分と楽ではあったが、やはり動
くことでどうしても汗が出る。
顎までつたってきたそれを乱暴に拭い取り、ナルトはふうと空を見上げた。
さっきまでは見えなかったが、かすかに山の端に雲がかかっている。
真白いそれは、夏の姿に似ていた。
(うまそー。なんかあの柏餅みてえ)
そんなことを思いながら、隣を歩くサスケの顔を見る。
この思いもしなかった散歩に誘われたのは、簡単なお昼の食事を終えて、
暑いからとサボる訳にもいかないし、休みの日には必ず怠ることなく実行し
ている自主練を始めようかな、とナルトが飲み終わった湯呑みを洗って水切
りカゴに置いた時だった。
いきなり、ちょっと出掛けるけど、一緒に来いよ、と言われて。
別に強要されたわけでもないし、断わればそれであっさりとサスケも特に
拘ることなく諦めそうな気配はあったけれど、ナルトはこうしてついてきた。
二人が寝起きしている母屋とは棟続きの離れとは違い、間違えたら別の人
の持ち物かと思いそうな、かなり距離のあいた離れに向かっているのだと気
がついたのは、歩いて五分ほどして。
そして、今二人はその庭のかなり奥までやって来ている。
「あった」
「何が?」
サスケの呟きに、ナルトが顔を上げてその視線を追った。
が、そこにあるものは音をたてて流れる遣り水と、その水が溜められた池
のような場所の周辺に生えている先の尖った長い葉の群生。 こんなのサス
ケは捜しに来たのかな? ナルトは少し首を傾げて様子を窺った。
「ほら、ぼけっとしてないで、手伝えよ」
「手伝うって、何をだってばよ」
いきなり声をかけられたナルトは、反射的に乱暴な口調で言い返してしま
う。
これがいつも喧嘩のきっかけになるんだと分かっているのに、なかなか直
せない。
だいたい、サスケがいつも馬鹿にしたような言い方したりするから………
と思いかけて、そんな風に他人に責任を押し付けるのは駄目だ、とナルトは
軽く頭を振った。
「ナルト?」
「なんでもねーってば。で、これどーすんの?」
「葉を、持って帰るんだ」
「葉っぱを? てか、これって何の草なんだってばよ」
くいっと尖った葉先を指で摘んでみると、草独特のものとは少し違う香り
が鼻を擽って、ナルトの目が不思議そうになる。
花の香りと言うのなら分かるが、葉っぱから? と言いたそうだった。
「知らないのか? これは菖蒲だ」
「えー!? それって嘘だってばよ! だって菖蒲ってもっと紫とか白とかさ、
綺麗な花が咲くんだぞ。でも、これ花咲いてないし、それに茶色い蒲の穂み
てーのしかないってばよ」
びしっと指差して知っている知識を披露してみせたナルトに、サスケは少
しだけ苦笑を漏らす。
「なんだよ、なにが可笑しいんだってばよ」
「いや、おまえの言ってるのは、花菖蒲のことだろ?」
「ハナショーブ?」
「ああ」
言いながら、サスケはその匂いの強い葉をくないで器用に切り取りっては
ナルトに手渡した。
「名前や葉の形が似てるから間違われ易いが、菖蒲と花菖蒲はまったく別の
植物だ。普通に菖蒲と言ったらこの植物を指すんだよ。それに元々は花菖蒲
ってのは、綺麗な花が咲く菖蒲、って意味でつけられた名前らしいしな」
「サスケ、花とか興味あったの」
「………おまえな、菖蒲には色々な薬効があるから、覚えていて当然の薬草
だぞ? アカデミーの最初の最初で習っただろうが」
そう言われて、そうだっけ? とナルトは首を捻った。
が、思い出せるものが何もない。
首を傾げたまま沈黙する姿が意味する所を察するのはあまりに容易くて、
サスケは頭が痛くなりそうだった。
常々馬鹿だドベだウスラトンカチだと言いたい放題に言っている相手では
あるが、本当にこんな調子では忍としてこの先やっていけるのだろうかと不
安を覚えずにはいられない。
「呆れてんだろ、サスケ」
「当たり前だ」
あんまりにもあっさりと返されて、流石にむっとはしたけれど覚えていな
い自分に問題があるのは事実。
ナルトはしょうがなく渡される菖蒲の葉を黙って受け取った。
「これくらいでいいだろ」
「あのさ、いまさらだけど、これで何すんの?」
「夜になりゃ分かる」
それだけ言って、サスケは元来た道をまた戻って行く。
答えを貰えず不満な顔になったナルトも、取り合えずはその後を追うよう
にして歩くのだった。
←BACK NEXT→
BGM:『YUME』 Copyright(C)空想戯楽創庫