蒲月の祓
眠れぬ夜の庭で
家に戻ると、サスケはまず最初に取って来た菖蒲を風呂場で水の入ったバ
ケツに突っ込んだ。
それから財布をポケットに入れて、ナルトを誘って再び外に出る。
しかし今度向かった先は離れではなくて、もっと離れた里の中心部だった。
何考えてるのかなあ、と思いながら、どうせ聞いたって自分が納得できる
ような説明なんてしてくれないんだろうし、と最初から諦めていたナルトは
ひょこひょこと跳ねるようにしてその隣を歩く。
「おまえ、こし餡とつぶ餡と、それに味噌餡、どれが好きだ?」
「へ? えーと、こし餡」
いきなり何を聞いてくるんだろう、と思いつつ、ナルトは素直に応えた。
で、それが何? どーしたの? と流石に今度は聞かずにはいられなかっ
たナルトの口が開くより先に、サスケは少し古びた感じのいかにも時代を感
じさせる造りをした店に入って行く。
どうしうようかな、とナルトは躊躇った。
ナルトが行きつけにしている数少ない店ならば、多少いやな顔はされても
それだけで済む。
でもこんな入ったこともないような、やたらと堅い顔つきの店に自分が足
を踏み入れて、あまりいい結果になったことがない。
自分は所詮嫌われ者であることを、実感させられて終わることが常だった。
知っているけれど、その理由もちゃんと分かっているけれど、仕方がない
と笑って終わらせるのは簡単でも心の何処かが痛い。
結局、店に入る事は諦めて、ナルトはサスケが出て来るのを待つことにし
た。
店の軒下で壁にもたれて太陽を避け、道ゆく人たちを見るともなしに見て
いると、祖母と孫らしい連れの姿が目に入る。
子供が祖母の腕を引いて、サスケの入って行った店を指差しそこへ行こう
と強請っているらしい。
祖母は困った顔をしながらも優しい表情をみせて、引かれるままに店の入
り口の方へと足を向けたが、ふと視線を上げてそこにナルトが立っているの
を見た途端、凍りついた様に動かなくなった。
足も、その顔さえも。
「おばあちゃん?」
子供が不思議そうに立ち止まった祖母を見上げる。
そしてそこに、見たこともないような表情をした顔を見て、吃驚したよう
に目を見開き、ついには泣き出してしまった。
「ああ、ごめんよ、悪かったね。おばあちゃん、ちょっと見ちゃいけない物
を見てしまったんだよ。さ、あそこのお店は良くないから、他のお店で買っ
てあげるよ。ね? 行こうね」
ぐずりながらも頷く孫を連れて、その祖母は歩き出した。
もうナルトの方は見ようともしない。
足早にそこから立ち去りたいと、そう言っている背中だった。
「待たせたな、ナルト」
その姿が通りの向こうに遠くなった時、やっとサスケが店から暖簾を潜っ
て出てきた。
「ナルト?」
ぼんやりと遠くを見つめている姿に訝しむように声をかけ、その肩に手を
置こうとした時。
「………子供の日なんて、嫌いだ」
ぽつりと落ちた、呟き。
何があったのかなど分からなかったけれど、サスケは包みを持っていない
右手でナルトの左手を握って、引っ張るように歩き出した。
「サスケ?」
「ボケっとすんな。まだ真夏でもねぇのにもうバテてんのか?」
「違うってばよ!」
またつい怒鳴ってしまったことにナルトはそのまま唇を噛んだが、サスケ
は握っていた手を離すことなく、逆に引っ張る力を強くする。
「ほら、行くぞ、ドベ」
「ドベって言うな!」
その力に、少し嬉しくなってナルトは赤くなった顔を俯かせたまま足を動
かす速度を早めた。
握った手の平がじんわりと熱を持って汗をかいたけれど、それでも二人は
どちらも離さないで、歩く。
太陽は西の空へと向かって斜めに影を落とし始めていた。
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BGM:『CALM EVENING (remastered)』 Copyright(C)Music Cube