蒲月の祓
                                     ボーダーライン  本日の任務、カラスが持って行ってしまった大切な指輪の捜索。  汗だくになって泥にまみれて、カラスの容赦ない攻撃を撥ね退けながらも 野生動物には傷をつけないように気を配りながら、なんとか指輪の奪還に成 功したときには、もう太陽は熟れすぎた柿のような色と形で西の空から地平 の向こうへ落ちていきそうになっていた。  いやいやお疲れ、ご苦労さん、なんて心にもないような言葉を吐く上官に、 三人は胡乱そうな目を向ける。 「じゃ、明日はお休み、ゆっくり休めよ〜」  そんで明後日はいつもと同じ時間に集合だ、遅れたら承知しないぞ〜、と、 一番その時間を守らない男は颯爽と姿を消した。 「ったく、どうせ自分が一番遅れるくせに!」  全員の意見を代表して言葉に変えたサクラは、足早に逃亡を計った上忍の 見えない背中に向かって今度遅れたら承知しないんだから、と力一杯宣言す る。  そしてまた明後日ね、と笑顔を残して、そのままサクラもまた帰途の路に ついた。 「帰るか」 「おう!」  宵闇まではもう時間もないし、今日は里の店で出来合いの惣菜を買って帰 ってあとは味噌汁の一つも作ったら、御飯に生野菜も忘れずつけて、今日の 夕飯は御終いだな。  頭の中で手早く献立を考えるサスケの隣で、ナルトは今日の任務がいかに 大変だったのかを語っている。 「カラスって、ホント頭いいのな」 「おまえよりも賢いかもしれないぜ」 「ひっでえ!」  むうーっと膨れる様に、サスケは表情一つまったく変えずに笑っていた。  そうして、傍から見たらただじゃれ合っているのと然程の変わりもない口 喧嘩をしながら、二人は影が闇に溶け込みそうな道を歩く。  いきつけの惣菜屋まで、もう少し。  味も新鮮さも材料の仕入先にも信頼の置ける店、そしてついでに言うなら 店を切り盛りしている夫婦がナルトに対して特別な態度を見せない所も重要 なポイント。  自分にとって何より大切なものを、その存在すら認めないような汚い目を 向ける連中など御免被る。 「あ、蕎麦のいー匂い」  食堂が立ち並んだ一角から流れてきた風にまぎれた独特の鰹出汁の匂いに、 ナルトの鼻がピクピクと動いておまけに首までが引き寄せられるのを見て、 サスケは本当に笑いたくなった。  ラーメン好きのナルトは麺類全般が大好きらしく、特に蕎麦やうどんが好 きでサスケによく強請る。  そんな時はトッピングや他のオカズで栄養のバランスを整えて、ナルトの 願いを叶えるようにしているサスケは、若干十二歳にして立派な主婦精神を 持っている。 「なあなあサスケ」  その独特の口調に、サスケは続く言葉が簡単に想像できた。 「あのさ、俺さ俺さ、蕎麦食いたいなあ」  ホラ来た、と予想を裏切らない台詞にサスケは吹き出してしまう。 「卵入れて月見にして、かきあげ乗せて、葱たっぷりにすりゃ、ま、いいか」 「月見好き〜!」  勿論そんなことは先刻承知、かきあげには海老や野菜がたっぷりのものを 選ぼう。  蕎麦の一つで嬉しそうにはしゃぐナルトに、サスケは献立を幾分修正した。  健康管理は、これでけっこう気をつかう。 「明日のお休み、どうしようかなー」 「それはもう決まってる」 「やっぱ修行するってばよ?」 「違う、買いもん」  ほえ、何を? と不思議そうな顔をしてみせるナルトの頭から足の先まで じっくり眺めて、やっぱり買い物決定だ、と一人サスケは深く頷いた。 「これからもっと暑くなるってのに、その格好はあんまりだろ」 「えー? 俺別に困ってないけど」 「見てるこっちが暑い」  サスケのすっぱりとした言いように、ナルトはむうと少しだけ頬を膨らま せて、逆襲の手を考える。  そして、思いついた名案を後先考えずに口にした。 「なあなあ、あの菖蒲まだ余ってるけどさ、今日もさ、菖蒲湯にして一緒に 入る?」  きっとまた妙な顔になるだろうと決めつけていたナルトは、意趣返しの成 功を疑っていなかったけれど、それは見事に玉砕する結果に終わる。 「いいぜ。その薄汚れた身体、綺麗にしてやるよ」  ニヤリとご丁寧に笑って返された返事に、不覚にもナルトは真っ赤になっ てしまった。  どちらもまだおっかなびっくりの恋は、まだまだこうして当分はしてやっ たりしてやられたりを繰り返していくのだろう。  夕陽に負けないくらい赤い顔を俯かせてしまったナルトに、サスケは滅多 には見せない笑顔をそこに浮かべて、雑踏の中はぐれないようにと、いつか のように自分よりも小さな手を取って握り締める。  ポーカーフェイスのその下で、本当はサスケだってナルトに負けず劣らず 真っ赤だったことなんて、知る由もないナルトもそれをふりほどこうとはせ ずに、黙ってトコトコと足を動かして。  そうして、夕陽の赤と宵闇の蒼が入り混じり、もうすぐそこまで来ている 夜の匂いがする里で、小さな二つの影は行き交う人の波間に消えていった。  どちらも握った手を、離さぬように強く握り締めて。

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BGM:『Just Emergence』  Copyright(C)DreamN-Hit 〜やすらぎの音楽〜 


中途半端に長い(笑)話でしたね。これは5月のイベントで無料配布した本
から転載したものです。各話にサブタイがついているのは、一度やってみた
かった「誰かのアルバムを丸ごと利用して曲の名前をそのまま各話のタイト
ルにする!」を実行した結果なんです。なので、まったく内容との関係はご
ざいません。ちなみに、遊佐未森さんのアルバムを使っています。
「蒲月の祓」と言うタイトルが読めなかった、と何人かの読者さまからご指
摘戴いたのですが、「ほげつのはらえ」と読みます。蒲月とは五月のこと。
五月の穢れを払う儀式、ってことで端午の節句を私的に命名したものでござ
います。
下忍時代にこんなラブラブでいいのかおまえら。とあとでちょっと思ったり
して。もうすこしライバル意識が先に来るだろうし、サクラだって諦めてな
いよなあ………と自分つっこみ。
そしてサスケの家はやはり広くてでかい。この設定に一番無理がある。絶対
無理がある。今度アパート暮らしのサスケの話を書こうと思ってます。だっ
て一人で子供こんな屋敷に住まわせるようなこと、絶対ねーってばよ!(笑)