蒲月の祓
バ ン ビ
「サスケ君って、やっぱり不器用ね」
ナルトの話を聞いて、サクラはさも愉快そうに笑った。
「回りくどいこと言ってないで、素直にナルトに端午の節句を体験させてあ
げたかったから、色々やってあげたんだよ、って言えばいいのに」
「そんなの、サスケには絶対ぜーったい無理だってばよ、サクラちゃん」
腹を抱えんばかりにして笑い転げるナルトの脳裡には、きっとその台詞を
言おうとしても言えずに仏頂面にますます不機嫌そうな表情を張りつかせた
サスケが浮かんでいるのだろう。
アカデミーの裏手にある土手に、一輪咲いた小さな野草を挟んで座ってい
た二人が笑いから復活するのには随分と時間がかかった。
当のサスケが、二人とは少し離れた場所で背中を向けて立っていることは
勿論承知の上。
言の立つサクラに、サスケは口を挟んで墓穴を掘るような真似をするほど
愚かではないと分かっているので、遠慮はない。
きっと山ほど言いたいことがあるのだろうに、ただ沈黙を守るサスケ。
その、物言いたげな背中をちらっと見て、サクラはまた笑い出しそうにな
るのをなんとか堪えた。
ナルトが、一般的慣習行事に疎いことはサクラも知っている。
昔はどうあれ、今ではスリーマンセルの仲間としてほぼ毎日行動を共にし
ている間柄ともなれば、色々と知れてくるものがあって、ナルトのそうした
面であるとか、サスケの意外なまでに不器用な面であるとか、表面的なもの
しか見ていなかった頃から比べると良くも悪くも見えてくる部分が増えた。
憧れていたサスケに近付けて嬉しかった反面、そのサスケの心が動かされ
るものはただ一つ、ナルトと言う存在だけなのだと思い知って悲しかったっ
け。
丸一日思い切り泣いて、恋のライバルだったいのと一晩中、自分たちを振
ってくれた男の見る目のなさを毒舌混じりに語り明かして、好きな人の為に
とダイエットを心掛けて食べなかった甘い物をしこたま食べた。
そうして二日後に、再び任務で二人と顔を合わせた時、もうもやもやした
気持ちはなかったのが自分でも不思議だったなあと、思う。
今にして思えば、サスケの真剣さが自分のそれと同じ………いやそれ以上
のものであると感じられたからなのかもしれない。
「ねえ、ナルト」
「なに? サクラちゃん」
「子供の日は、やっぱり嫌い?」
「うーん………」
覗き込むようにして聞いて来たサクラに、ナルトは腕を組んで考え込んだ。
真剣な面持ちのその青い瞳に、思わずよしよしと子犬でも相手にしている
かのようにふわふわした頭を撫でてみたいなあ、と言う誘惑に打ち勝つのに
サクラは随分と苦労した。
「じゃあ、端午の節句は?」
「それは好きだってばよ!」
即答して、ニコニコとナルトは笑う。
よほどサスケがしてくれた様々な事が嬉しかったのだろう。
話をしている間中ナルトの顔から消える事のなかった笑顔が、言葉はなく
ともナルトの心を物語るには余りあった。
前々からサスケとはつくづく対極線上にある素直さだなあとサクラは思っ
ていたのだけれども、こんな風にてらいなく笑って見せる顔を見せられると、
ナルトにはサスケでなくても勝てないと再認識してしまう。
「良かったわね」
「うん」
鮮やかな、まさに笑顔が満開。
今度こそ誘惑に勝てず、サクラは金色の髪をかき混ぜるようにして撫でて
いた。
「サ、サクラちゃん?」
「羨ましいわ、ホント」
その言葉の意味するところを、きっとナルトは分からないに違いないと思
いながら、サクラもナルトに負けじと笑ってみせる。
昔から大好きだな人の笑顔は、訳が分からなくてもそれだけで嬉しいもの
だ。
「それにしても、カカシ先生遅いわねえ」
通りの向こうへ視線を投げた、サクラの眉間が寄せられる。
「今日は、どこの道に迷ってんだろうなあ」
「どうせロクでもない道よ」
やはり遠慮のないサクラの一刀両断するかのような言葉に、ナルトは声を
上げて笑ってしまった。
こんな風に笑えるってすごい、と思う。
一人きりで過ごしている時間の中では、思い切り笑うなんてことはありえ
なかった。
笑いながらふと視線を上げる。
遠くに立って背中を見せているサスケの髪を揺らして吹く風に、あの日の
菖蒲の匂いがしていたように思えたのは気のせいだったのだろうか。
一向に姿を見せない上忍の登場を待ち、どんな言い訳をするのかとサクラ
と予想しながら、ナルトはその風が運ぶ匂いを胸一杯に吸い込んで、笑うの
だった。
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