■Trefoil -3-■

「ハウルって、本を読むのが好きよね。私も好きだけれど、ハウルのは物凄い集中力なんですもの、本
当に関心するわ」
「そうかなあ?」
「そうなのよ。だって話しかけても全然返事もしてくれないし、下手をしたら食事だって平気で何食も
抜いちゃうでしょう? 私がここに来るまでのあなたやマルクルの生活がどんなだったか想像出来きち
ゃうわ。まともな食事って、したことあったのかしら、って思うもの」
「そこまでは酷くないと思うけどなあ………あんまり否定も出来ないけどね」
「………マルクルの偏食は、ハウルの責任でもあるわね」
 まったく、と溜息を一つ吐いたソフィーだったが、そんなことを話していたのではなかった、と思い
出して顔を上げた。
「それはまた今度の話にして、だから、ハウルって、本が好きで一度読み出したら最後まで読み終わる
までその本にかかりきりでしょう?」
「それはそうかもしれないな。ついつい、先が気になっちゃうんだよね」
 魔法書などで面白いものがあると、どうしても知識欲がむくむくと起き上がる。
 なにしろ魔法使いは人体の不思議、宇宙の謎、世界の理、言葉の奥意、そうしたものに誰よりも精通
しようとする生き物なのだ。
 生まれ付いて魔法使いたる魔法使いも、努力を重ねて魔法使いたる者も、知識をより深め多くを知る
ことが何よりも強い関心事になるのはある意味で必然の結果だろう。
 その意味で、生まれ付いての魔法使いで理論を学ぶ前に魔法を使ってしまいながらも、更なる深淵の
奥を求める探求心の塊のようなハウルが興味のある本にどっぷりとはまるのも無理のないことなのかも
しれない。 
 それは分かる、けれども。
「本を読むのは良いことだし、ハウルの場合は魔法書なんかの難しい本もあるだろうから、読み始めた
らなかなかやめられないと思うけれど、でもね、やっぱりちゃんと食事は皆揃って食べたいと思うの」
「ソフィー」
「これって私の我儘かしら。でも、ハウルがいて、マルクルがいて、おばあちゃんやヒンやカルシファ
ー、皆が揃って一緒に食事をすることって、どうでもい良いくらい当たり前なことで、でも凄く大事な
ことだと私には思えるの。だって私たち、家族でしょう?」
 途惑いながらもそうきっぱりと言って、ソフィーはハウルの蒼穹の瞳を見つめる。
「些細なことでも、私は大切にしたいわ。我儘って言われても。だから、その栞があれば、ハウルも読
み物の途中でもそれを使って一度区切りをつけて、私たちのいる場所に戻ってきてくれるかもしれない、
ってそう思って………なんだか、私、変なこと言ってるかしら」
「なんでそう思うの?」
「だってハウル………笑ってるんだもの」
 ソフィーは憮然とした表情でそう言って、今自分がハウルに対して言ったことにどこかおかしなとこ
ろはあったかしら、と思い出せる限りで反芻してみる。
 かすかに視線を天井へ向けて思案する風のその姿に、ハウルの笑みはより深くずっと優しいものにな
った。
「別にソフィーが変なこと言ってるなんて思ってないよ。そうじゃなくて、嬉しいんだ」
「嬉しい? 栞が?」
「それもあるけど、ソフィーの気持ちが」
 にこ、と蒼翠色を湛えた瞳は、本当に嬉しそうに笑みを乗せてソフィーに微笑みかける。
 思わず胸がトクン、と音を立てるのが聞えるようで、ソフィーは頬をかすかに赤らめてしまった。
 もう随分一緒に暮らしているというのに、いまだに慣れない。
 見慣れるにはあまりにもハウルと言う人を形作るものは、どれも綺麗過ぎた。
 その人が自分の恋人なんだと言うことが信じられなくなる時も今でもあるが、そのハウルが自分の事
を好きだとこと在るごとに囁きかけてくるのだから、信じないわけにもいかなくなる。
 翻弄に、世の中って不思議だわ、などとそんなことをソフィーが思っていると知ったら果たしてハウ
ルはどんな反応を見せたことだろうか。
 けれど稀代の魔法使いでも人の心を読むことは叶わない。
 困ったような不思議そうな顔をしているソフィーに、ハウルはやや申し訳なさそうな色を孕んだ優し
い笑みを見せた。
「ごめんね、ソフィー。これからは気をつける。本を読む時は必ずこの栞を使うよ。そうしたら、僕が
いくら間抜けでも大事なことを思い出せるからね」
「使ってくれると嬉しいわ。でも、大事なことって?」
「もちろん、家族みんなで過ごす時間のことさ」
 本当にありがとう、と言って自分の頬に頬に軽く口付けてきたハウルに、ソフィーは少しだけ顔を赤
らめつつにっこりと笑って、どういたしまして、と応える。
 ハウルに自分の気持ちが伝わったのが嬉しい。
 散々悩んだことだったけれども、栞を作って良かったと思える。
 そしてそれを、ハウルにプレゼントできたことも。
「それにしても、ソフィーも大胆だね」
「え?」
 大胆、とはどう言う意味?
 ハウルの言葉の意味が理解できなくて、ソフィーは眉を寄せた。
 自分に笑いかけるそれは悪戯っ子の顔だ。
 ソフィーはハウルが次ぎに何を言い出すのか、と少しだけ身構える。
「知らないの? クローバーの花言葉」
「………知らないけれど………なんとなく、ろくでもないもののような気がするわ」
「とんでもない! とっても素晴らしいものだよ」
 ハウルの素晴らしい、はどこまで信じて良いのかしら。
 極上にご機嫌な様子からして、やはり良い予想はつかないけれど、有耶無耶にはできそうもない。
「花言葉って、どんな?」
 訊ねれば、にっこり笑ってハウルはソフィーの手製の栞を差し出した。
「白詰草の花言葉は、私のことを考えて、だよ。それに、思い出して、ってのもある。丁度いいよね。
本に夢中になり過ぎるな、って戒めになるよ」
「そうだったの。知らなかったわ」
 確かに、それなら丁度良いかもしれない。
 花言葉にも魔法の力はあると言うから、きっとハウルは思い出してくれることだろう。
 計らずも良い花を選んだ自分に、ソフィは笑みを覗かせた。
 ハウルが続けて言葉を紡ぐまでは。
「それにね、四葉のクローバーには別の花言葉があるんだ。なんだと思う?」
 嬉しそうな楽しそうな、ハウルの顔。
 ソフィーは散々考えてから、首を横に振った。
「分からないわ」
 正直にそう答えるよりないソフィーに、ハウルはついっと栞を差し出し顔をこれでもかと言う距離ま
で近づけて、まるで秘め事でも口にするかのような表情を見せる。
 そして、囁くように、言った。
「私のものになって!」
「は?」
「だから、花言葉」
「花言葉………」
 四葉のクローバーの花言葉。
 それは。
 私のものになって!
(知らなかったのよ、そんなこと!)
 グルグルと頭の中で回っていた言葉が全て繋がったところで、ソフィーはかああっと真っ赤になって
勢いよく立ち上がるやさっと扉を開いてその向こうに滑り込んだ。
「もう遅いから、早く寝た方がいいわ! 本を読むのも程ほどにね、ハウル!」
「心配いらないよ。だってこれがあるからね」
 言って、ハウルが持ち上げて見せたものは、無論ソフィーがついさっきプレゼントしたもの。
 ソフィーは嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な気持ちでそれを見て、やはり複雑な表情のままハウルを
見た。
「………おやすみなさい、ハウル」
「おやすみ、ソフィー。良い夢を」
 けれど優しく微笑まれてそう言われては、ソフィーも自然と微笑みを浮かべてしまう。
「あなたも」
 素敵な夢が見れますように、と告げて、そっと扉を閉めると部屋を後にした。
 小さな足音が遠ざかって、そして扉が開く音の向こうに吸い込まれて消えるのを耳で追いかけて、ハ
ウルは優しい手付きで栞を撫でながら、はんなりと微笑む。
「もちろん見れるよ。とても素敵な夢をね」
 読みかけの本は、今夜はもうお終い。
 思いもよらない贈り物を枕元に置いて、さあ、眠りの向こうへ旅立とう。


 ハウルとソフィーがどんな夢を、その晩に見たのか。
 それはまた、別のお話。
 
 
                                         -end-



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終わりました(笑) シロツメクサの花言葉が結局ポイントだったことになるのでしょうか。 相変わらずまとまりのない話ですみません。 6つに切られた最後のケーキがどうなったのか、と言う話は 時間があったら書くかもしれません。 以上、旧ハウルサイトに掲載したときのコメントでした。 勿論、どうなったかの話は書いておりません。書く予定もありません。 というか、それ以前に、ネタ自体を忘れています(苦笑) 2005年2月18日作成。 back