蒲月の祓
ハモニカ
「そういやさ」
「ああ」
食べるだけ食べて、すっかり満腹になり、大の字になって畳みに寝転がっ
てしばし微睡んでいた(食ってすぐ寝ると太るぞ、と言うサスケの小言はさ
らりと無視した)ナルトは、突然閉じていた目をパチリと開いてサスケを見
た。
「あれどうすんの」
「あれ?」
うん、と頷かれても、サスケにはナルトが何を言いたいのか分からない。
まだ手にしていた湯呑みを口に運びながら、さてナルトが言いたいことは
何を指しているのだろうかと思考を巡らせた。
これがナルトだったらおそらくサスケが同じようなことを言ったとしても、
恐らくまったく見当もつかなかっただろう。
が、サスケはいくらもせずにナルトが言いたいことが分かった。
「ああ、菖蒲のことか」
「そーだってばよ」
よいしょ、とようやく身体を起こして、適度に冷えたお茶の入った湯呑み
を掴み、ごくごくと音をたててナルトは飲んだ。
以前、まだ二人で食事をすることに慣れていなかった頃は、飲まないのか
と思いお茶の残った湯呑みを片そうとしては『飲むってばよ』とナルトに文
句を言われたサスケであったが、近頃はお茶を残しておくのは、冷えてから
飲むつもりなのだと分かって、手を出すことはなくなっている。
「あんなに取って来てさ、まさか食べるとか?」
「まあ、薬効はあるからな。腹でも壊したなら胃薬代わりに飲んでもいいか
もな」
「げえぇ………不味そう」
いやそうに顔を顰めるナルトに、サスケはくすりと笑った。
「安心しろ。食う為に取って来たんじゃない」
「なんだよー、だったら最初からそう言えって。んじゃ、なんに使うんだ?」
食べる以外の用途をまったく思いつけないナルトが、首を捻る。
「風呂に入れるんだ」
「は?」
「冬至の時に、柚を入れた風呂に入っただろ? あれと同じで、柚の代わり
に菖蒲を入れるんだ」
確かに、そう言えばそんなことがあった。
柚の匂いは甘酸っぱくて、気持ちがよかったけれど。
「なんか青臭くならねぇ?」
「多少はな。でも、菖蒲には強い匂いがあるだろ? あれが邪気を払うって
言われてんだよ」
「へえー、そうなんだ」
柚湯のこともそうだったけれど、そうした人の生活の中にある、誰に教わ
るともなく身につけてゆく慣習的なものをナルトは殆ど知らない。
知識を得るチャンスが著しく欠如していたナルトにとっては、誰にとって
も当たり前のことがまるで別の世界のことのようだった。
「まあ、ただの言い伝えで、実際の所にはまったく根拠も何もねぇけどな」
それに気付いてから、サスケは折りに触れてはナルトが体験したことのな
いだろうものを少しづつでも、と一人だったけしてやらないようなことでも
実行するようにしている。
たとえばそれは柚湯であったり、今日の菖蒲湯であったり、年末や正月の
年次行事のようなものとか、それは色々だったけれど。
「たまにはいいだろ」
「うーん、ま、たまにはな」
腕を組んで難しい顔をしてみせるナルトに、サスケは苦笑した。
「とりあえず、洗濯物入れたら、先に飯の支度だな」
「あ、俺手伝うってばよ」
「邪魔すんなよ?」
「………あのなあ………」
不満そうに眉を寄せるが、実際それはあながち間違いでもないので、強く
は言えない。
ちえ、と小さく呟いて、ナルトは足の指先を背中を丸めて手の指で弾いた。
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