蒲月の祓
                                       火星水路               ちまきと言う珍しいものを食べて、ナルトはご機嫌だった。  食器の後片付けは一度手伝おうとして見事に皿を割って以来サスケから強 く拒否されて、休みの日の食後はいつも風呂の用意をすませると後はのんび り過ごす。  サスケって器用。  笹の葉っぱであんな風に御飯(サスケが聞いていたら、もち米だ、と訂正 されたことだろう)を包めるなんて。  醤油味のと、緑色してあんこが入って甘いのと、どっちも美味しかったな あ、と思い出した味にナルトが頬を緩ませている所へ、洗い物を終えたサス ケが戻って来た。 「風呂、言われた通りちゃんと菖蒲の葉っぱ洗って入れて沸かしたってばよ」 「そうか」  エプロンを外し、ナルトの近くに腰を下ろすと、サスケはナルトをじっと 見る。 「………なに?」 「柏餅とか、菖蒲湯とか、夕飯で食ったちまきとか、そーゆーのは、全部、 子供の日って奴に食べたり入ったりする定番行事だ」  それを聞いて、ナルトの顔から笑顔が消えた。  子供の日なんて嫌いだ、と、そう言ったのはナルトだ。  だのに、何故わざわざサスケはこんなことを言うのだろう。 「おまえ、今日は子供の日だって言ったな」 「………うん」 「それは間違いじゃないが、正確に言うなら今日は五節句の一つに当たる日 で、今言ったものは子供の日のものじゃない」 「え?」 「元を正せば、五節句の一つ、端午の節句に行なわれる行事だ」 「たんごのせっく?」  今、全部平仮名で言っただろう、と、サスケは思わず呆れていいやら迷い ながらも笑った。 「ああ。五節句ある中で、この時期に………て、難しい話するとおまえの頭 じゃ分からないだろうから、端折って説明するぞ」 「失礼だってばよ!」 「じゃあ、詳しく説明してやろうか?」 「………簡単な方でいい………」  そう言うだろうことが分かっていて聞いてくるあたり、サスケも性格が悪 い、とナルトは内心でぼやきながらも応える。  実際、事細かな説明をされても理解できる自信はさっぱりとなかった。 「季節の替り目に一年に五回行なわれる、節句って言われている行事がある、 これが五節句だ。その日には神に特別な食物を供えることで災難を避けると いう風習があるんだよ。で、その時一緒に自分達も同じ物を食べたり飲んだ りするんだ」 「そーなんだ」 「で、端午の節句ってのは、勿論知ってるだろうが、『端』が初を『午』が 五を意味してるから、そのまま五月の上旬、って意味することになるのは分 かってるよな?」 「も、勿論だってばよ!」  アカデミーで習ったはずのことも覚えてないだろう、ばればれなんだよ、 とは思っても、取り合えそれはず黙っておく。 「古い時代まで遡れば、端午の節句ってのは狛犬、神社の鳥居の脇なんかに ある奴だ、あれに守って貰ったことで無事に色んなことを行なって過ごせた と感謝して、この先も同じように守ってもらえるように願う信仰行事だった んだよ」 「じゃあ、なんで子供の日って言うんだってばよ」  ナルトの質問に、だからそれをこれから説明してやるよ、とサスケは前置 きした。 「いつの頃からか、ってのは正確には分からないが、そうやって無事を祈る ことがいつの間にか病気や災厄を避ける為の行事に変わっていったんだろう な。菖蒲には邪気を払うって言う迷信があったから、それが時期的に結び付 いて陰の気を払う為に菖蒲湯に入ったり、色々いいと信じられてることがあ って柏餅やちまきを食べる習慣も出来た。この菖蒲ってのが言葉の響きが勝 ち負けの『勝負』に似てるってんで男子の節句って意味も加わったらしいぜ」 「じゃあ、子供の日じゃなくて、男の子の日じゃんか」 「本当はな。でも、そもそもは農村なんかじゃ女の祭りだったって話もある。 ようは、強く逞しくあれ、って願う対象が、男だけだったのが女にも広がっ て、最後には子供たち全体を指すようになったってとこだろ」 「………よく分んねーんだけど」  だろうなあ、とサスケは困ったような表情のナルトに、自分の方こそ困っ てんだけど、と小さく呟く。  確かに色々説明は長かったかもしれないが、その大半は忍として知ってい てもいい筈のことなんだがなあ、と軽く額を押えた。 「今日は子供の日だけど子供の日だけじゃないってこと?」 「元を正せば、厄災を避ける為の行事だったのに、後から色んなもんがそこ に加わったってことだ」 「そーなんだ」  ナルトは何か考えるように視線を巡らせて、最後にサスケを見た。 「サスケさ、柏餅とかちまきとか、あと菖蒲湯? その端午の節句って行事 を俺にさせようとしてくれてた?」  応えはなかった。  ただ、サスケはつっと柱の時計に視線を逸らした。  その仕種に応えを見つけて、ナルトは笑ってしまう。 「あのさ、サスケ、そろそろ風呂沸くけどさ」 「ああ」 「一緒に入る?」  その時、それまで黙っていた時計の針が八を指し、ボーンボーンと古い響 きを打ち鳴らした。

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