月見て跳ねる 3
 夜の中を走って目指した場所は、本来なら今日の月見をする場所であったはずの、 サスケの暮らすアパート。  もう夜も遅い時間であるから、通りに人影はなく、遠くから猫の鳴く声が聞こえ てくる以外に音と呼べる音もない通りは寂しい限りだったが、ナルトはそんなもの 気にもしないで走る。 (別に、あんな奴どーだっていいけどさ)  いい訳めいたその心の呟きは、いったい誰へのものなのか。 (けどさ、せっかく美味しい団子貰ったし。俺けっこう食べたし、あいつにもちょ っとだけお裾分けしてやってもいーかなって思っただけだってばよ)   何度か行った覚えのある道も、明るい時間とではかなり印象が違うのでナルトは 何回か同じ場所を行ったり来たリしながらようやく見覚えのある通りに出た。  少し広い道を行って、あの角を曲がればサスケのアパートがある。  ナルトは迷ったかと思った道をちゃんと見つけられたことにホッとして、走る速 度を更に上げた。 「えっと、そうだ、ここだってばよ!」  見上げた三階建てのそれに思わずそう口に出した声が、夜の静寂の中でやけに響 く。  それに自分で驚いたナルトは慌てて口を押さえて、キョロキョロと周囲を見回し たが、幸い誰も辺りにはいなかったらしい。  ほっと胸を撫で下ろし、今度はなるべく音をたてないように気をつけながら階段 を上がった。  しかし、カツン、カツンと鳴る靴の音は、思っている以上に静けさの中で目立つ。   忍のくせに、とよくサスケに言われるが、自分でなくたってこんな作りの階段じ ゃ絶対音がするってばよ、とナルトはぶつぶつ言いながら二階に上がり、その一番 端ある部屋の前で立ち止まった。  さて、なんと言っ入ればいいものやら。  最後には自分たちは喧嘩別れのような恰好で別れたわけで、いきなり遊びにきた、 と言うのも時間も遅いしだいたい今日の約束はもうなかったことになっているのだ から、なんだかおかしな話だ。  しかし考えたところで解決策は見つからない。  むーん、と唸ってから、ええいなるようになれ! と持ち前の性格を発揮して扉 を叩いた。 「………?」  が、返事は返らない。  音が小さかったかな、と改めてもう一度叩く。 「………………? 出かけてんのかな? でも時間けっこう遅いしなあ。あ、寝て るとか?」  寝てるんだったら起しちゃ悪いかなあ、と思い、三度目のノックをしばしためら ったナルトは、そうだ窓に明かりがついてるかどうか見てみようと急いで上って来 た階段を駆け下りて(この時上って来た時よりもさらに盛大な音をたてていたこと など、無論ナルトは気にしてもいなかった)、ぐるっと裏に回った。 (あれ)  明かりはなかった。  だが、窓が開いているのが揺れるカーテンで夜目にも分かる。 「窓開けたまんま寝ちまってるのかな」  無用心だってばよ、と自分のことを棚上げにして、ナルトはうーん、とまた考え た。  いくらまだ冬にはなっていないと言っても、窓を開け放ったままで寝るには朝晩 の冷え込みはけっこう厳しい。  別にサスケの健康管理に口を出すつもりはないが、見てしまった以上はチームメ イトとして放っておくわけにもいかないだろう。 (しょうがねえってばよ)  ナルトはぐぐっと足に力を入れて、チャクラをそこに集中させる。  そして木登りと同じ要領でアパートの壁を登り出した。  凹凸の激しい木に比べれば、平坦な壁はずっと登り易い。  さほどの時間もかからずにナルトは目的の場所、つまりサスケの部屋の窓に辿り 着いていた。 「よいしょ、っと」  窓枠に足をかけて、ひょいっと身軽に室内に身体を滑り込ませると、取り合えず 靴のままで上がるのは不味いよなあとそのまま窓に腰掛ける恰好をとる。 「………あれ?」  部屋の中は、明かりも付いていなかったが人の気配もなかった。 (出かけてる? でも、だったら窓が開いてるなんてわけねぇってばよ)  自分の家の戸締りにさえ口をはさむような性格をしているのに、たとえちょっと 近所に、と言うのであっても鍵をかけずとも窓は閉めていくだろう。  それにこの付近には特に商店街に近いと言うわけでもないから、買い物に行くに しても近場では無理だし、だいたい時間的にもう店が開いている時間ではなかった。 「夏なら分かるけどさ、窓開けとかなきゃってほど暑いわけでもないよな〜」  サスケはどうしたんだろう、と思いながら、取り合えずナルトは部屋の中を少し 歩き回って明かりを付けようかどうかと考える。  でもサスケが今どこにいるにしても、どうせこの場所にはいないのだから、自分 もさっさと家に帰った方がいかもしれない、などと考えこんでいたせいだろう。  ナルトはがつん、と音をたてて何かにぶつかった。 「いってぇ! なんだよ、机かあ」  思いきりぶつけてズキズキと痛む脛を押さえながら、ナルトはその机を睨みつけ る。   睨みつけて、そこにナルトは見た。 「え? なんで?」  小さく積み上げられた、団子は間違いなくお月見のもの。  皿の上に積まれたそれだけの簡素なものだったが、今さっきイルカが作って見せ てくれたお備え用に設えられた月見団子を見たナルトには、一目で分かってしまっ た。  じいっと見つめながら顔を近づけていけば、頂点に置かれていた団子は黄色く、 そして何か文字が描かれているのが見える。 「あれ………? これって………」  見覚えのある文字だった。  どこで見たのだったろうか、とナルトは首を捻る。  記憶力にはとんと自信のないナルトではあったが、しかしこれは本当に最近のこ とのような気がして必死に記憶を探った。 「………あ」  ぽん、とそれこそ本当に手を打ちそうになって、ナルトは思い出したものに納得 する。  最近どころか、ついさきいのことではないか。 「あのお団子に書いてあったってばよ」  イルカやサクラと一緒に食べたお団子の中で、一つだけ黄色かったものに確かに この文字は書かれていた。  自分が食べたのだから間違いない。  サクラにこれはなんだろうと聞いたら、お店の屋号よ、と教えられた。  ヤゴウと言うものがなんであるのか分からなかったナルトに、ようするにこの団 子を作った店の名前だ、とイルカに言われてようやく納得したのだ。 「え、っと、でも、なんでサスケんとこにこの団子があるわけ?」  サクラの説明によれば、なんでも木の葉きっての老舗で名の知れたこの店の団子 が美味いことは良く知られていて、月見団子はあちこちから注文が入るから予約を しておかないと殆ど当日に手に入れることはできないものだと言う。 (そっか、あんとき商店街であいつに会ったのって、もしかしてこれを買いに行っ てたのかな。でも、予約とかしてたのかなあ、サスケってば)  そこまで考えて、ナルトは思い出した。  サスケがナルトを月見に誘ってくれた時、団子は用意してやると彼はそう言って いなかったか? (間違い、ないってばよ)   注文しておいたから、サスケは取りに行ったの違いないのだ。 「………注文………してて………」  かあっとナルトは顔が熱くなった。  サスケがそこまでしているとは思ってもいなかった、と言うことはこの際問題で はない。 「俺、俺ってば」  約束したのはナルトだ。  サスケの誘いに応じて一緒にお月見をしようと約束したのはナルトであり、それ は二人だけのものだった。  イルカはなにも知らずに声をかけてくれたのだから、しようがない。  問題は、その誘いにナルトがあっさりと応じてしまったこと、そこにある。  たとえイルカがサスケとナルトの両者を誘ってくれたのだとしても、ナルトはす でにサスケと約束を交わしていた。  その時点で、ナルトがイルカの誘いに応じるということは当然にしてサスケとの 約束を反古にする、と言うことに他ならなくなる。  二人とも誘われたのだから、二人で月見をしようとしたのが少しだけ人数が増え るだけのこと、ナルトは単純にそう思った。  だから簡単に誘いに応じて諾の意を返してしまった。  だが結果としてそれはサスケとの約束を忘れていたわけではなくとも、少なから ず約束を違えたことに違いなどない。  ナルトはイルカやサクラだったら、そう思ったとしても、サスケの方はそんなこ とを思っていたとは限らないのだし、現に言われたではないか『てめぇの意見を押 し付けるな』と。 「サスケ、お団子ちゃんと買っててくれたんだ………」  どんな気持ちで自分を誘ってくれたのだろう。  どんな気持ちでこのお団子を買ったのだろう。  どんな気持ちで、約束を簡単に違えた自分を見ていたのだろう。  ナルトの真っ赤になった顔がだんだんと蒼ざめ、深く項垂れてしまった。 「謝らなきゃ………」  独りでこの部屋でこうして買ってきたお団子を一人で積み上げて、サスケは何を 思ったんだろうか。 「謝らなきゃ!」  ナルトはそうはっきりと言葉にするや、身体を反転させて窓から飛び出した。  どこへ行ったかなど分からない。   でも探さなくてはいけない、絶対に。  月が西に傾きかけた夜の里を、ナルトは走った。    ひたすら、走った。 (………ああ、もうこんな時間か)  サスケはふと目を開けて見上げた空に浮かぶ月の位置から、時刻を読みとって自 分が随分とぼんやりこの場所で過ごしていたことを知った。  考えてみたら夕飯もとっていなかったっけな、と少しばかり空腹を訴える胃にそ れを思い出し、どうしようかと考える。  里の商店街はとっくに店を閉めているし、家に帰ってわざわざ食事の支度をする のも面倒だ。  そう考えて、サスケはそのまま同じように木の幹に寄りかかって目を閉じる。  どうせならこのままここで一晩明かしてしまうのもいいだろう。  逆上した頭を冷やすのに丁度いい。 (あいつとはまた任務をやらなきゃいけないんだし、気まずいままじゃ問題だろ)  たいしたことでは、ないはずだ。  どうせあいつとは元々仲が悪かったのだし、あいつは俺のことなどどうてもいい んだろうし。  ったく、どうにもつまらないことになったもんだ。 「俺もまだまだってやつか………」  溜息が出そうになって、それだけは堪えた。  どうせ明日になって顔を合わせれば、昨日の月見はどうだったとか、一緒に来れ ばよかったのにとか、あのお喋りな口はまくしたてることだろう。  それに対して怒りをぶつける、なんて失態だけはしたくない。  ただでさえ悪印象を持たれているのに、これ以上重ねたら洒落にもならないだろ う。  などと思いながらサスケは、目を伏せて眠りを呼び込もうとした。  が。 (………? まさか………?)  覚えのある気配が、流れてくる。  サスケは耳を澄ませ神経を尖らせた。 「………ケ、サスケー! どこにいるんだってばよ、サスケー!」 「ナルト? なんであいつ俺を探してるんだ?」  イルカやサクラたちと月見に行ったはずだろうが、と呟いて、近付く気配の場所 を探れば、それは案外と近くにあった。  サスケが登っている木のほど近くを、ナルトはきょろきょろと見回しながら大声 で叫んでいる。 「どこだってばよー、サスケぇ」  確信があってこの一帯を探している、と言うのではないようだが、しかし何かし ら感じるものがあるのだろう。  サスケは迷った。  このまま放っておくべきか、それとも声をかけてやるべきなのか。 (だいたい、なんであいつ俺を探してるんだよ)  その理由がまず分からなくて、余計にサスケは自分の取るべき行動を判断するに あたって途惑った。  見過ごすか、声をかけるか。  だが、その結論は意外な所で出された。 「サスケー! え、あ、うわぁー!!」  なんと、四方にばかり視線をやっていた為にすっかり足許が疎かになっていたナ ルトは、木の根に足を取られて見事に顔から地面へとダイブしてしまったのだ。  その倒れる盛大な音と、ナルトの悲鳴に、サスケは思わず顔を押さえる。  (あのドベ………それでもてめーは本当に忍なのかよ)  そう毒づきながらも、サスケはひらりと身を躍らせて地面に降り、倒れているナ ルトの傍に駆け寄った。 「おい、しっかりしろ、このドベ」 「うえ? サスケ?」 「サスケ、じゃねーだろ。ったく、おまえ何やってんだ」  顔を見事にドロドロにしてしまったナルトに手を貸して起してやったサスケは、 まだ事態を把握していないらしナルトの服についたドロをまず叩き落としてやり、 それから少し考えて、しょうがないと上着を脱ぐとそれでナルトの顔を拭いてやる。  そこに至って、やっとナルトは我に返った。 「サスケ、おまえ、それ上着!」 「いいから、じっとしてろ。あーあ、おまえ受け身もとれないのかよ、鼻の頭すり むいてるぞ」 「ってー!」  突つかれて、その痛みにナルトは悲鳴を上げる。 「これくらいで痛がってんじゃねえよ。だいたい足許くらいちゃんと見ろ」 「だって、しょうがねーじゃん、俺おまえのこと探して………あー!」 「な、なんだよ」  いきなり大声を上げたナルトに、サスケは驚いて珍しく目を丸くしてしまった。  ナルトはそれどころではなかったので、気がつかなったようだが。 「サスケ、見つけたってばよ!」 「あ?」  そう言えば、こいつは俺を探していたんだっけ、とサスケも今更思い出す。  すっころんだ姿を見たことで、すっかり忘れいてたけれど。 「あのさ、あのさ」  何を言うつもりなんだ、こいつ、とサスケはナルトを見る。  ナルトはそんな不信そうなサスケの顔を覗き込んで、焦ったように言葉を重ねた が肝心なものは上手く音にならない。   言いたいことは色々あった。  約束破って悪かったとか、おまえの気持ちを考えなくて済まなかったとか、それ からお団子ちゃんと用意してくれてありがとう、とか。  謝らなくちゃ、そう思ってサスケを探して歩いたのに。  たくさんあったはずの言葉はすっかり何処かへ消えてしまって、ナルトの口から 飛び出したのはそのどれでもなかった。 「おまえさ、俺にあんだけ口煩く言ったくせにさ、出かけるときに窓開けっぱなし にしたら無用心だってばよ!」 「………は?」  その台詞に、サスケは今世紀最大級の、間の抜けた顔を見せた。  必死な顔をして自分を探していたくせに、言うことはそれなのか?  そんなことの為に、俺を探してたのか?  夜の闇の中でも、今度は流石にナルトにもサスケのその間抜けた顔が見えた。  そして自分が言った台詞がなんであったかも同時に理解して、あ、とサスケに劣 らぬ間抜けた顔になる。 「おまえ………」 「あ、えっと、そうじゃなくって………」  慌てふためいて、ナルトは本当に言いたい言葉を捜した。  会ったらまず何を言おうと思っていた?  だから、謝ろうと思っていたんだ、約束破って悪かったって、一緒にお月見した かったって。 「あのさ、サスケ、俺さ」 「く………」 「サスケ?」  微妙に表現のし難い顔をしたサスケの喉が、小さく震える。  そして。 「あははは、おまえって、やっぱり変な奴だな」  初めて聞く、サスケの笑い声だった。  それまで目にしたことのある人を皮肉ったようなものではなくて、本当に心の底 から可笑しくて堪らないと言うその表情。 「な、なんだよ変って!」  憤慨して真っ赤になったナルトを見て、さらにサスケの笑い声は大きくなった。  腹を押さえてまさに笑い転げると言うほどではなかったが、それにほど近い状態 で笑う。 (サスケって、こんな顔も出来たんだなあ)  最初こそ不満を覚えたナルトだったが、そんな姿を見ているうちに訳が分からな いがだんだんと自分も可笑しくなってきて、最後には一緒になって笑い始めていた。  本当に自分が何をするつもりでここまで来たのかも忘れて、何がそんなに可笑し いのかも分からないまま。  他に音もない森も中で、二人はいつまでも笑っていた。                                     02.09.29  

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そしてやはり終わらずに……… 月見がシーズンオフと言うより、季節的にもう駄目かも…………