出来るならさ、オイラ、 この子の、星の子になってやりたいなあ 何をしたらいいのか、分からないけどさ なって、やりたいなあ■Browallia -3-■
ハウルとソフィーが城に戻ってから、どれくらい経ったかな。 せっかく心配して来てくれたのに、一緒に戻ってやれなくて悪かったかな。 別にハウルはいいんだけどさ、ソフィーがすごく泣きそうな顔してた。 ソフィーはばあちゃんだった頃から、実は涙脆かったことをオイラはちゃんと知ってる。 ハウルのアホが馬鹿をやってソフィーを泣かせて、危く出て行っちゃいそうになったことだって。 オイラがうっかり驚いて、あん時大声出さなかったらよかったのかな。 だけど、本当に驚いたんだからしょうがないさ。 悪魔やっててあんなに驚いたの、初めだったんだからな。 月明かりだけの中で、オイラはぼんやりとそんなことを思った。 いつまでも窓から外を眺めていてもしょうがない。 ふわふわと移動して、オイラはオイラを此処に呼び寄せた張本人の顔の上まで移動した。 本当にやせっぽっちの、小さい子供。 マルクルと同じくらいの年かな。 でもマルクルのがずっと、あったかそうだ。 この子供はまるで蝋人形みたいに、暖かさがない。 唇だって青いし、頬だって白くて、余分な肉どころか必要な肉さえないみたいな有様。 見た瞬間、オイラは気付いてしまった。 だって、オイラはとっても優秀で聡くて賢い悪魔だから。 見逃したりなんてするわけがない。 だけど、どうしようもないってことも、ちゃあんと分かってた。 どうにかすることは出来るけど、出来るってことと、それを実際にやるって事は全然別物だって ことも、ちゃんと分かってた。 それはオイラとハウルの契約で実証済み。 出来ることと、それを本当にやっちゃう事は、全然別物。 それでオイラたちは長い間随分と大変な思いをすることになったんだから。 まあ、結果から言えば、あれはあれでよかったのかな、なんて思うけど。 だけど、どうしてこの子は、オイラを呼び寄せたんだ? 悪魔のオイラを、どうやって呼び寄せたんだ? ハウルが言ってた人間の持ってる奥底に眠ってるって言う力は、本当に信じられないことを時々 やってくれるから、オイラはまったくもって信じられないね。 ソフィーだって、契約に縛られて暖炉から出られないはずのおいらを、あっさり連れ出しちゃっ たし。 ああ、でも今は、そう言うことじゃなくて。 もっと不思議なのは、炎の姿をしたオイラを、どうして星の子だって言ったんだろう。 オイラの正体が見えたのか? そんな馬鹿なことあるのか? だってこの子は普通の子供だ。 魔法使いでもなんでもないのに。 どうしてなんだ? じいっと、眠ってる子供の顔を覗き込んで見ても、答えは勿論見つかるわけがない。 正直言って、今のオイラは何なのか、オイラ自身にも良く分かってないんだ。 空から流れ星になって落ちて来る時、それは星の光が終りに向けて光り輝く一瞬だ。 星の子は、星じゃあない。 星の瞬く光の欠片だ。 無数に闇夜を煌めかせて、星から飛び出し静かに空を旅して、そしてそれぞれにそれぞれの運命 に従って、それぞれの終わりの場所で旅を終える。 オイラもそのはずだった。 ただ、オイラはちょっと他の星の子よりも光が強くて大きかった。 それをハウルが捕まえちまった。 あいつの大きな魔力がそれを可能にして、そしてオイラを生かすために、オイラに心臓をくれた。 その瞬間、あいつは人としてはきっととても大事なんだろう心を失った代わりに契約と言う名の 下にオイラの力を手に入れて、オイラは、死ぬ運命から逃れる代わりに、星の子から悪魔に生まれ 変わっちまった。 運命を捻じ曲げるってのは、とてつもない力を必要とするけれど、同じだけとてつもない力を回 りにも与えちまうのさ。 けど、契約の証の心臓はもうハウルに戻って、オイラとハウルにはなんの繋がりもない。 オイラが此処にいるのは、ただ、オイラがいたいと思っているからさ。 自由に飛びまわれるし、空にだって高く高く舞い上がれる。 と言っても、元々が星から零れ落ちた光なんだから、星に帰れるわけじゃないけどさ。 そうしたらオイラって何なんだろう、ってその振り出しに戻る。 悪魔なのかそれとも星の子なのか。 さっぱりだ。 だけど、どっちだって別にいいんだ。 ハウルやソフィーたちと一緒にいられるならさ。 けど、もしかして、もしかしたら、やっぱり契約から解き放たれたオイラは、星の子なのかなあ? この子は、オイラに何を見たんだろうなあ? もっと良く確かめたくて、もうちょっとだけ近寄ったら、オイラの炎が寝てる女の子の顔に微か に赤みを与えた、と思ったら。 「………ああ、夢じゃなかった。星の子」 唐突だった。 本当にいきなりパチリと瞼が開いて、眠っていたとばかり思っていた子が目を開けたから、オイ ラ吃驚して固まっちまった。 今日は本当に驚いてばかりの日だなあ。 「夢かと思ったの………でも、夢じゃなかったんだね」 オイラに伸びてきた手に、慌てて炎の力を弱めた。 だって、火傷させたらヤバイじゃないか。 けど、やっぱり細い腕だなあ。 骨と皮しかないみたいじゃないか。 「本で読んだの、本当だったんだね」 何の事だか、オイラにはさっぱりだ。 本って何の本なんだよ。 「神様の御許へ行くのに恥ずかしくない一生を送った人の元には、星の子が訪れてくれるって、私、 読んだの。とっても古い本で、おばあちゃんから貰った本。本当なのかしらってずっと思っていた けど、本当だった」 なんとなく、分かってきたぞ。 それって、あれだろう? 御伽噺とか、そんなのが載ってる本だろ? ハウルが小さい頃、あの花畑の水車小屋でオイラにハウルが読んで聞かせたことがあるからな。 オイラ記憶力だっていいからな。 「私、良い子だったのか自分じゃ分からなかったし………多分、たくさんたくさん色んな人に迷惑 かけてきたから、ダメかもしれないって思ってたの。だけど、来てくれた………嬉しい」 オイラは来たんじゃなくて、引っ張られたんだ、と思ったけど。 言わなかった。 そんな風に嬉しそうな顔で言われたらさ。 言えないだろ。 「来てくれてありがとう、星の子。あなたに会えて、とても嬉しいわ」 なんで、そんな顔するんだ。 オイラの姿はどう見たって炎だろ。 どこが星の子なんだよ。 「さっきね、夢を見てたの。銀の輝く星の光の髪と、夜の優しい闇の髪をした天使さまがね、私の ところに来てくれた夢。とっても綺麗だったわ。本当にそうなったら素敵なんだけれど」 うわうわ、いきなり頬寄せてくるなって! 火傷したらどうするつもりなんだよ! オイラは慌てて魔法で炎をすっぽり覆っておいた。 どんなに突然の出来事でも、即座に適切な対処が出来るなんて、オイラやっぱり一流だ。 でも、今言ってたのって、もしかしてあの二人のことか? 意識なんてなかったのどうして……… ああ、考えるだけ無駄だ。 だってオイラを引っ張り寄せて、オイラを星の子なんて呼ぶなんて、普通じゃない。 そうさ。 普通じゃない。 でも、それは多分、ハウルが言ってた最期の……… 「………星の子………ねえ、もしも私が………天の扉を……とき………迷わないように………」 途切れ途切れの言葉が急に小さくなった。 ぱた、とオイラを包んでいた手が落ちて、慌てて顔を覗き込んだけれど、ちゃんと息はしてた。 信じられないくらいに小さく、小さく。 今にも、それは途切れそうで。 どうしよう、ハウル。 どうしたらいいんだろうソフィー。 オイラはこの子が知ってる本の中の星の子なんかとは全然違うのに。 その御伽噺の中で、星の子って何をするんだ。 そうさ、どうしてオイラを、この子は呼び寄せたんだ。 どうしよう、ハウル、ソフィー。 オイラ、どうしたらいいんだよう。 出来るならさ、オイラ、この子の、星の子になってやりたいなあ。 何をしたらいいのか、分からないけどさ。 なって、やりたいなあ。
2005年3月15日作成。 back