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Episode Promenade: DS9

第159話 "Covenant" 「裏切られた誓約」

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プロローグより
第7シーズン 製作番号559 本国放送順157 日本放送順159
放送日1998/11/21
宇宙暦不明 [西暦 2375年]
監督John Kretchmer
脚本Rene Echevarria
メディアDVD: 「スター・トレック ディープ・スペース・ナイン DVD コンプリート・シーズン 7」 (パラマウント) Disc 3 収録
公式サイト予告編・画像
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点数
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55/100点 [投票数 17]
感想 投稿者fromγ 日時2002/7/15 00:27
デュカットのカルトの教祖っぷりがたまらない。
投稿者(匿名) 日時2002/11/1 19:38
今までデュカットの出てくる回は面白かったけれど、これ以降のデュカットはつまらない。
投稿者ま〜とっく 日時2003/3/1 15:30
デュカットは非常によくできた複雑なキャラです。
どんなことをしようと自分の中では正当化されている。
でも、それなりに心の中には葛藤がある。
本質はペテン師。
そんなデュカットの魅力(?)たっぷりのエピソードでした。

これくらい深みのあるキャラがヴォイジャーにもいればなー。
投稿者 日時2003/4/16 12:55
信仰とは実に恐ろしきモノ…
投稿者ガル・ズゾック 日時2003/5/15 21:18
別に宗教モノが悪いとは言いませんがこの話はいただけない。最近デュカットの扱いがおかしくないですか?
投稿者RYU 日時2003/11/27 18:50
SFではあるけど、こういう現実もある。
DS9だから出来るストーリー。
薬物を服用して自殺を図ろうとするシーンは、アメリカで実際に起きた事件を思い起こさせます。
投稿者ころすけ 日時2003/11/27 21:36
最終的にデュカットが道を踏み外したためにキラは正義となったわけだが、前半のキラはいやらしさ爆発。余計なことを詮索して回る様は米国キリスト教社会の独善的宗教観そのもの。製作者は自己批判の意味を込めている、と思いたいのだが...
投稿者Elim Subatoi Kayam 日時2003/11/27 23:20
皆様…勘違いをしてはいけません。 これは「宗教モノ」ではありません。 思いっきり「宗教批判」です。
この作品が作られたのは、日本で不幸で最悪な、宗教に関した「あの事件」が起きていた頃でしょう。 そして、アメリカにはありとあらゆるカルト宗教があると聞いています。 ですから、これを作った方々は本当に勇気があると思います。 SFで異星世界の出来事という設定だから送り出せた作品ですね。 DS9ではそういう脚本が多いです。
教徒の1人が「私には迷いが無い!」と言い切った言葉を受けて「それが困るのよ」というキラの言葉。 素晴らしい皮肉ですよ、これは。 目の前の問題しか見えなくなった人間がどのような行動を取るか、よ〜く観察されていますね。 身震いを感じてしまいました。
DS9では宗教を否定してはいません。 むしろ心を豊かにさせるものとして肯定しています。 しかし同時に宗教の持つ狂信的な側面も忘れてはいなかった…という部分に製作者への拍手を送りたいと思います。
信じるものは救われないのですよ、きっと。 でも信じる心を持つ事は救いに繋がるのです。 うぅ〜ん…哲学的だぁ〜
もう1つ…つくづく思ったのですが…デュカットはホントーにベイジョーの女性が好きですねぇ〜 昔ガラックにも突っ込まれていましたが。 そして、何事にも「詰め」が甘いんだな、うん。 いつも自分で墓穴を掘ってしまう。 そのようなところが、連邦のいい子ちゃん仕官連中より人間的で好きですね、私は。
投稿者(匿名) 日時2004/1/25 22:20
この女好き!
投稿者一輝 日時2004/3/31 17:29
あんな小さな装置で、簡単にあんな長距離転送が出来るとは。

デュカットちゃんと避妊しろって。

しかし、本当に、カルトを信じている連中は阿呆ばっかり。
全く、理解出来ませんね。
不気味過ぎ。

デュカットは、今後どうなるんでしょうか。
投稿者オドオドー 日時2004/4/1 23:12
私から見ればベイジョーの宗教も、パー・レイスのカルトも同じようにしか見えませんね。どっちもどっちというか。
投稿者ラコタ 日時2005/2/7 01:04
むしろこれは「宗教戦争」を簡単に表したエピソードだと思う。
このエピソードを見ていてこう言ってしまった。「どっちが正しかろうと間違っていようとも、とにかく、両方とも五月蝿い!」と。
このエピソードで考えていたことは他にもある。
例えば民族間の争い。例を挙げてみればボスニアや旧ユーゴスラビア周辺の国々。
「民族が何だ!宗教が何だ!過去の小競り合いが何だ!今、ここで争ったとしても、過去は変えられない。
ただただ罪のない人々が命を落としていくだけだ。
民族の違いが何だというのだ!?人はそれぞれ違う。民族もそうだろ?お互いの違いや激しい偏見を無くさない限り、争いは続く。だが、周りを見てみろ。そんな理由で行う小競り合いなんか、ただの迷惑だ!得にもならない。得られるのは、「悲しみ」と「憎しみ」「苦しみ」しかない。いい加減にしてくれ!!」
ということです。
とにかく、こんな争いは下らないと思います。
投稿者MINT 日時2009/10/3 14:10
カルトの教祖が自分の嘘を取り繕う為に集団自殺をもくろむ、という時事ネタを織り込んだエピ。CSIなど別の社会派ドラマでも題材にされていますね。
今までのSTだと、もっと大きく抽象的に扱うことが多かったのに、これはかなり直截的に使っています。

それから、ワームホール異星人を、それはそれと知りつつ、葛藤を乗り越えて「神」と信じているキラに、カルトは「迷いがないから危ない」と言わせているところは良いと思いました。
なんの疑問もなく、客観視することもなく、簡単に利益をくれそうなものを信じ込んでいる人々に対する警鐘だと思った。

デュカットのベイジョー女好き、大衆に喜ばれて支配したがる傾向と、自分を偉大な者と考えたがる傾向は今まで何度か描かれていました。ここで、今一度はっきり示すことで、最後のシリーズへの下敷きにしたかったのでしょうね。
ベイジョーの人が、ただのバカに見えるのは困ったものですが。
投稿者ハボク 日時2010/1/30 03:15
デュカットの余りの緩さに爆笑!!

前半は、今まで白黒つけない、つかない話をしてきたはずのDS9なのに、デュカットまで出して善悪二元論的信仰の話で、ベイジョーの宗教も様々な方向があったのに、結局はアメリカの視聴者向けのそこら辺に行ったのか…と、つまらなく、いいかげんに見ていたんだけれど、中盤のデュカットがぼろを出し始めてからは面白いの何の。
自分の間抜けさでデュカットが一人でドタバタ走り回るコメディーじゃん!
最後まで苦し紛れが結局悪い方に転んで、そして逆切れって、笑った笑った。
やっぱりデュカットは初期の頃のように、本人はいたって真面目だけどこっちから見たら最高のコメディアンというキャラクターが笑えていい。
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