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| 旧E.N.H. コメント |
何度見ても泣けます、、、TNGに、はまった切っ掛けです。 他人との価値観の違いを認め、それを受け入れることが大切だということを教えてくれたエピソード。 - ダヰスケ |
| 感想 | 投稿者 | うずら | 日時 | 2001/9/9 23:19 |
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| ウォーフのことが、好きになった。 | ||||
| 投稿者 | GOH | 日時 | 2002/4/15 15:42 | |
| ラッセルが単に否定されるためだけに出てくる敵役じゃないところが深いんだよなあ。 | ||||
| 投稿者 | naoturn | 日時 | 2002/12/28 04:25 | |
| 深すぎる・・・ この手の話には弱いです。 全員が格好よく見えた。 | ||||
| 投稿者 | 万事 | 日時 | 2003/4/14 23:32 | |
| アメリカってすごいわ。ほんま。こんなディープな話をテレビのSFドラマでやってのけるんだから。日本の医学部の学生の教材にして欲しい。因みに邦題は陳腐。Ethicsて原題のままか「生きる」なんてクロサワばりの邦題にして欲しかった。 | ||||
| 投稿者 | ガル・ピカード | 日時 | 2003/5/5 18:40 | |
| 邦題から、とかくラッセルにスポットがあたりがちですが、この話の真の見所はウォーフとアレキサンダーのからみのシーンなのでは?リハビリを行なうウォーフは非常に痛々しいが、その姿をアレキサンダーに見せたウォーフは立派。また、アレキサンダーの態度もなかなか立派でした。 | ||||
| 投稿者 | Atad | 日時 | 2003/6/21 14:49 | |
| ラッセルのような人間は好きになれない。 もしラッセルの恋人、家族などがウォーフと同じようになった 時にどう行動するか。 命がなくなるかもしれないけど手術をするか、それとも生きられるが 障害が残る方法をとるか。 どちらであっても私にはラッセルのやり方は肯定できない。 | ||||
| 投稿者 | 背番号26 | 日時 | 2003/11/29 22:07 | |
| 自意識過剰な人間はいつか必ず挫折します。 挫折する時は必ず誰かが犠牲となるのが常です。 ラッセルのような人物には近寄らない方が無難でしょう。 あのままウォーフが死んでいたらジャッジアは誰と結婚していたでしょうか? もしかしたら死なずにすんだかも・・・ そうするとエズリーとジュリアンが結ばれる事もなかっただろしアレクサンダーの人生も随分変わったでしょうね。 色々考えると又眠れなくなります。 | ||||
| 投稿者 | (匿名) | 日時 | 2003/12/4 00:31 | |
| ラッセルを否定するのは、鶏肉は好きだけどニワトリをしめるの野蛮と言っているのと同じ。好き嫌いは勝手だが、こういう人がいるから進歩があるのも事実だと認識すべき。 | ||||
| 投稿者 | Q太郎連続体 | 日時 | 2004/3/15 22:37 | |
| それぞれ賛成・反対の意見や考えは表明できても、どちらが正しいかという結論は出せない問題ですね。 人によって、時代によって、文化によって、「倫理」の基準も、目指すべきところも変わってくるんでしょう。 でも、どんな状況でも、他人のお仕着せでなく、自分自身の意思・判断が尊重されるようであってほしいものです。 その点、ウォーフの意思が尊重された展開は、それなりに納得のいくものでした。 | ||||
| 投稿者 | makoto | 日時 | 2005/1/7 22:16 | |
| 新しい医療技術のため患者を実験台にする医者、一歩引いて革新的な治療は、いつの時点で、どこまで許されるのか?医療の進歩とは?単純なハッピーエンドでないのが深い。 ウォーフがライカー/トロイを、ライカーがピカードを深く信頼してる様は印象的。幼いアレキサンダーの反応は見ていて胸が詰まった。手術シーンがリアルなのが秀逸。でもDNAはどこの細胞でも同じはずなんですけどね... | ||||
| 投稿者 | Deep Space X | 日時 | 2005/3/3 23:31 | |
| 最後にドクター・クラッシャーが自分の考えを延々と語っていますけど、ドクター・ラッセルはそれを承知で自分には「やらなければならないこと」があることを知っているような気がしました。敢えて反論せず去ってゆくドクター・ラッセルが私は好きです。逆に、自分の考え方に何の疑問も持たない(ように見える)ドクター・クラッシャーは危険なのでは?と思いました。 最後の最後、ウォーフがアレキサンダーに「一緒にがんばろう」と言ったのはウォーフの“人間宣言”かとも思いました。 また、ライカー副長がクリンゴンのしきたりに反発するのに対してピカード艦長が理解を示すのも興味深かった。 | ||||
| 投稿者 | レイン | 日時 | 2005/10/1 21:21 | |
| 新しい医療技術の導入に積極的なラッセルと慎重なクラッシャー。 ウォーフの自殺願望に理解を示すピカードと非難するライカー。 二つの対立の当事者である四人の言い分にそれぞれ正当性があって、自分が同じ立場だったらどうするのかと色々考えさせられる。 (私自身の考え方は、ラッセルとクラッシャーならラッセルの方に、ピカードとライカーならライカーの方に近い。特にラッセルは、クラッシャーが非難する程には酷い人間とは思えなかった。) このようなアクチュアルな難題を積極的に取り上げるところも、スタートレック・シリーズの魅力の一つである。 このエピソードはまた、ウォーフとアレクサンダーの親子愛を描いた人間ドラマとしても魅力があった。 | ||||
| 投稿者 | てら | 日時 | 2006/10/25 19:34 | |
| 新しい医療技術を強硬に主張するラッセルに否定的な方が多いようですが、天然痘だって、種痘を始めた人は宗教裁判みたいな目にあったのではなかったのでしたっけ? それに人体に完全に悪影響が生じないという統計データを取るには生体実験する訳には行かないとなると動物実験で、今度は、STにありがちな、ヒューマノイド以外の生存権や人格の問題が起きてくると思うのですが、その辺りは如何お考えですか? | ||||
| 投稿者 | 子守男 | 日時 | 2006/11/26 22:43 | |
| 秀作。ラッセルとクラッシャーの間の見解の相違に目がいくが、ウォーフとライカーの対話、また、これまでのウォーフと違ってアレキサンダーに手助けを求めたラストシーンもそれぞれ印象的だった。 こうした点も見ると、制作陣はクラッシャーにああした台詞を言わせてはいるが、それが必ずしも正しいとは限らないという逆説的なメッセージを伝えたいのではないかとも思えてくる。 | ||||
| 投稿者 | JJ | 日時 | 2007/3/25 00:57 | |
| アメリカらしいドラマ運びだなぁと思いました。このエピソードに限りませんが、上官・部下・友人・同僚と立場に関係なく、自分の意見ははっきりと言う。日本人にはなかなか難しいですねぇ…。 医学の問題については、 ラッセル=出世欲の強い研究者 ビバリー=医者 なのかなぁと思いました。 ビバリーの、「新しい技術の開発には地道な実験と時間が必要」が正論では。工業技術ならまだしも、人命に関わることですからねぇ。 | ||||
| 投稿者 | ktl | 日時 | 2007/10/16 07:41 | |
| ウォーフが手術で死ぬ場面のあとをみれませんでした。その後、どうなったのですか?教えてください。 | ||||
| 投稿者 | ふう | 日時 | 2008/7/5 23:44 | |
| ドクター・ラッセルの治療法が存在せず、半身不随のままでいるしかなかったとしても、ウォーフはアレクサンダーのために生きてハンデと戦う道を選んだだろうか。 | ||||
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