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Episode Promenade: ヴォイジャー

第142話 "Muse" 「ヴォイジャーの神々」

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プロローグより
第6シーズン 製作番号244 本国放送順141 日本放送順142
放送日2000/4/26
宇宙暦53869 [西暦 2376年]
監督Mike Vejar
脚本Joe Menosky
2000年度エミー賞 衣装賞ノミネート
公式サイト予告編・画像
メディアDVD: 「スター・トレック ヴォイジャー DVD コンプリート・シーズン 6」 (パラマウント) Disc 6 収録
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点数
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64/100点 [投票数 28]
感想 投稿者愛梨・媛美 日時2001/9/6 00:17
結局何がいいたいのかがいまいち。
キムファンとしては登場が放送から30分も後なのが悲しい〜。
投稿者でみ 日時2001/9/6 03:22
『トゥボックの居眠り』って副題つければいいのに。
投稿者はっちん 日時2001/9/30 08:38
これ、のっけ(最初)から、仕舞(最後)まで、演劇論・戯曲論で通す(劇作家の自己満足的?)
ストーリー。きっと、作家さんとしては、思いのたけをお話にしたという内容なんでしょうね。
セリフに込めた意味は深い。
主役は遭難したトレス、キムにあらず、きっと劇中劇そのものなのかも(?)。
◇掲示板 Nine Forward
○No.15796 CS-VOY "Muse" 「ヴォイジャーの神々」 (ネタバレ)
http://www2.g-7.ne.jp/~kyushu/bbs/pslg15796.html
投稿者ふにゃお 日時2001/11/21 03:21
さりげなく、ハリーがいいところを持ってってます。
登場シーンでほっとしたのはトレスだけじゃないはず。
投稿者草原のペガサス 日時2001/11/21 03:43
久しぶりにトレスのエピソード、良かったです。
昔のトレスに比べれば、人間性が増しています。
時節がら、なんか心に残ります。
実際に、芝居や歌が(魂を揺さぶるような)あればきっと相手に
その思いは、伝わると思います。何十年・何百年かかっても、
人々の心の中に伝わっていくでしょう。
あの後、あの星がどうなっていくか、観てみたいですね。
あと、トゥヴォックのいびきを初めて聴きました。
ゆっくり寝てください。
投稿者 日時2001/11/21 18:47
漂流記であるヴォイジャーならではのエピソードでした。トゥヴォクのいびき初めて聞いた♪
投稿者背番号26 日時2002/3/29 21:33
バルカン人の鼾はスタトレ史上初めてではないでしょうか。小説ではスポックとトゥボックが会話するシーンが出てくるのですが(フラッシュバック)テレビではなかなか実現しませんね。 スポックの欠伸が見てみたいと思うのは私だけでしょうか
投稿者memorybeta 日時2002/6/8 05:44
演劇がコミュニケーションの重要なパートを占めている社会ということでは、TNGのDarmokと同テーマなのかも?しかし異文化に出会うとこんな調子で、違和感だらけなんだろうな。
投稿者Atad 日時2003/10/13 15:20
今回の目玉はなんといってもトゥボックの居眠りでしょうね。
不眠不休で働いてたとはいえあのヴァルカン人が勤務中に
艦長席で居眠りをしてしまう程までになるとは。
トムに起こされ慌てて「配置につけ」というトゥボックには
爆笑でした。

また散々生死が気にされたハリーがひょっこりと「あれ、友達?」
と出てくるシーンも思わず微笑しました。
投稿者リント 日時2004/7/29 21:54
最後結局どうなったのでしょう?演劇は戦争を止める事はできたのかな?
投稿者ころすけ 日時2004/7/31 00:00
割と好き。トレスとケリスがお互い弱みにつけこんで脅しあう(結局ギブアンドテイクが成立しているので二人とも悪人には見えない)ところとか、芝居のストーリーがトレスのクルー観を反映していて、実際のボイジャのシーンとシンクロするところとか、それを参考にしてる割には暴走するケリスの脚本とか。トレスはおせっかいにも(艦隊の誓いに反して?)神を演じて見せて劇を閉じるのだが、結局「神」を演じるほうが、敵国のスパイのふりをするより罪が無いし、シャレてるのさ。 > ENT脚本家殿
投稿者(匿名) 日時2004/8/5 13:33
この話はスタトレ以外の世界的な演劇世界の流れを知らないと面白くないでしょうね。
自分は'90年代に観た「シルク・ド・ソレイユ」や「フィリップ・ジャンティ」を思い出して楽しんでしまいましたよん。
脚本家は、ど〜してもあの世界観をスタトレでやりたかったんだね〜
今回強く感じたのは、サイファイと仮面劇の世界観は相通じるものがあるということでした。
投稿者レイン 日時2004/8/5 23:37
ジョー・ミノスキーがVOYの脚本を単独で書くのは、このエピソードが最後だったようだ。おそらくこのエピソードを書いている時点で既に、第7シーズンは第1話を除き脚本家として参加しないということは決まっていただろう。だから、このエピソードの主人公を劇作家にしたのは、脚本家自身の心情を吐露するためだったのかも知れない。
彼の書いた作品を振り返ってみると、好戦的で非人間的な内容の物が多かった。「時空侵略戦争」「史上最大の殺戮ゲーム」「裏切られたメッセージ」「暗黒の汚染空間」「異空生命体を呼ぶ者達」等、ブラノン・ブラガと組んで、登場人物たちの命をもてあそぶような、良識の欠如した作品を数多く発表してきた。そんな彼が、このエピソードではなぜか平和主義を訴えている。この時期になってそんなことをしても嘘臭いだけだった。最後に奇麗事を言って誤魔化す、視聴者を騙すようなそのやり方に、非常に腹が立った。
ミノスキーはエピソードの中で劇作家に、「客が欲しがるのは刺激と情熱だ」と言わせている。ミノスキー自身が本気でそう思っていたとしたら、これは物を作る人間として情けない話である。
彼の突然の平和主義を好意的に解釈するなら、ジーン・ロッデンベリーが生み出したスタートレックの精神をこれまで踏みにじって来たことに対する、視聴者に対する懺悔だと見ることもできなくはない。少なくとも自分が好戦的な作品を発表して来たことを気にかけていたことだけは分かる。
投稿者デボラ 日時2005/7/17 23:30
演劇趣味を中心に、若干の恋愛的要素で味付けした作品。ベラナは、クルーの中では最も文学・音楽に興味が無さげだし、決まった恋人も居るので、一見このプロットに向いてなさそうだが、そこを敢えて主人公に持って来たのだろう。(逆に、「ドクター、異星人の女流劇作家と合う」と言う話だと、オペラ談義に花が咲いたりして、趣旨が変わってきそう) やや退屈な展開ではあるが、「そんなベラナが、最後は劇場に向かった」というのは見せ場だったと思う。

上の方の投稿を読んで、ラストシーンの、(劇中の)脚本家の、領主への(実際には、カメラ=視聴者への)一礼は、今回のエピソードの脚本家のファンへの挨拶であったことに気が付いた。
投稿者ラコタ 日時2005/12/5 00:20
何度も見返してしまったエピソードです。
理解できない部分をどうにか別の話でつじつまを合わせるなんてすごかった。
最後の最後で邪魔が入った部分もアドリブでカバーしていたし、ラストシーンも良かった。
投稿者makoto 日時2006/5/5 04:59
インスピレーションがテーマのこの作品、実はお気に入りエピ。悪人は一人も出てこないけど、劇の製作過程に内容にハプニングに緊張感あってよい出来。「誰かにインスピレーション与えたことある?」は名台詞! 劇のラスト転送で天に昇るベラナ。またひとつボイジャー神話の誕生だ(粋な女だね!)
ENTカトラ役の方が出られてるんですね。若くで亡くなられたとは残念です
投稿者rosebud 日時2006/7/2 02:27
ピカード艦長の人間性・交渉能力を語るうえで、欠かせることの出来ないエピソードの一つが、「謎のタマリアン星人」(Darmok)であると考えるのは私だけではないと思う。
また、「命のメッセージ」についてTNGのコンパニオンでは、「『TNGでもっとも<ロッデンベリー的>なエピソード』とスタッフに呼ばれている本作品には、ジーン・ロッデンベリーが自分の世界に投影した、統一的な生命観のオマージュがこめられている」と評価されている。

どちらも、スタートレック全シリーズのなかでも語られるべき重要な作品だが、この二つのエピソードの原案はジョー・ミノスキーである。

ジョー・ミノスキーを「良識の欠如した作品を数多く発表してきた」と決め付け、自分のこじつけた解釈でまるでイカレポンチ野郎のようなレッテルを貼られのは遺憾としか言いようがない。彼のフィルモグラフィーを見れば実際には、その全く逆だということが分かる。

ヴォイジャーでは一連の前後編もの以外にも、「偽善者の楽園」「遠隔起源説」といった極めてスタートレックらしい作品の原案を共同で、また単独では「ケスとの別れ」といった、ヴォイジャー・シリーズの中でも最も重要なエピソードを一人で書いている。「生命体8472」の次の作品がコケていたら、VOYの充実の第4シーズンも無かったであろう。
TNGのクリフハンガーで「浮遊機械都市ボーグ」は別格としたら個人的に一番楽しめた「タイム・スリップ・エイリアン」もこの人の原案である。 確かに緻密さには欠けるかもしれないが、それを忘れさせてくれるストーリーの壮大性と爽快感がこの人の作品にはある。


>ミノスキーはエピソードの中で劇作家に、「客が欲しがるのは刺激と情熱だ」と言わせている。ミノスキー自身が本気でそう思っていたとしたら、これは物を作る人間として情けない話である。

主人公の劇作家が自分の稽古場にベラナを連れてきて、劇団の長老格みたいな人の忠告に対して反発して放った台詞である。あれこれ刺激的なストーリーを模索している若い劇作家に「芝居の本質さえ見つかればいいのだ。ここでは詩人は怠けものになりました。観客の心を動かすのに小細工に頼る。昔はそうじゃなかった。」という忠告であった。作者がどちらの台詞を主張したいかは一目瞭然である。もしかしたら自戒の念を込めた台詞なのかもしれないが。確かにこのシーンがこのエピソードのポイントになる場面だが、逆に捉えてしまうとは・・・実際その後ベラナに「艦長と副長がキスするなんて、全然ダメよ」と言われているし。

この台詞に限らずこのエピではシリーズに携わっているスタッフが実際に日頃交わしているであろう会話が出てくるところが可笑しい。特にネタ切れで困っているところなんかは、かなりリアルなのではないかと勘繰ってしまう。悪く言えば楽屋落ちとも言えないこともないのだが。


このエピでは改めてベラナの存在の大きさを感じさせてくれた。どうしても、セブンやジェインウェイのアクの強さに隠れがちになってしまうが、ベラナの魅力も相当なものである。「詩人」「演劇」「平和」というキーワードには一番不釣合いなのに、なぜか溶け込んでしまう。適度に相手を脅しながら協力させるところや、フィクションの世界でも自分が殺されるのは嫌だと助けに行くところもベラナらしくて微笑ましい。ラストシーンもベラナでなければ、あれほどの爽快感は生まれないと思う。

演劇には不釣合いなベラナだが、実際のロクサン・ドースンはこの後メガホンを持つ
ことになり、夫の?ロバート・ダンカン・マクニール同様そこそこの成功を収めているようである。最近ではスタートレックシリーズ以外の人気番組でも監督を任されているようである。何でこんなことを書いたかというと、彼女が演出した作品を見ると、ついこのエピソードを思い出していまうからである。いずれ、ロクサン・ドースンかロバート・ダンカン・マクニールが違う番組でジェリ・ライアンを演出するなんていうことがあったらVOYファンは必見であろう。
投稿者風邪の風来坊 日時2008/8/12 12:23
 我々の世界の神も、かつて地球を訪れた宇宙人だったとかいう説がムー辺りでよく出ていますが、文明レベルの低い種族が航星日誌を神話と解釈し、演劇にアレンジしてしまうという発想はなかなか面白かったです。
 外国人が時代劇をファンタジーの一種として見るのと同様、ネイティブには当たり前の光景も、全く異なる文化の人間から見ると夢物語なのだという、空想世界を描く上での大前提を思い出させてくれた、非常に有意義な作品でした。
投稿者tomi 日時2009/9/11 22:26
作為的なストーリーは良くないって、自嘲気味の脚本家。
きっと芝居好きなんだろう。
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